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2006/10/31

排他的万歳

20061031_s


教育話が出たついでに、自分のコトを棚に上げて書いてみる。

国会では教育基本法の愛国心規定とやらが議論になってるが、
そんな話で盛り上がってるコト自体、「国民に愛されてない日本」
の実態を明確に浮き彫りにしているようで滑稽だ。

マジョリティに加われず、かといって本格的なマイノリティでもない
微妙なアウトサイダー的感覚を身に付けてしまったせいか、昔から
「○○万歳」という言葉には強い排他性が感じられて嫌だった。

ヒトのココロってのは、たいてい中途半端な容量しかない。
何かを愛すると、他への愛がおろそかになってしまう。
自分が愛している対象を否定するような相手に対しては、
本能的な敵意を剥き出しにするのが普通のヒトというもの。

今の日本人の多くは、国家を差し置いて「自己」を愛していると思う。
他人の生活なんかどーでもいーのだ。どうせ自分じゃないから。
自治体も、国家も、自分の生活の邪魔にならなきゃどーでもいー。

個体生存を最大の目的として、関係のないコトを無視するように
働く自己愛は、生物学的に見ればとっても大切な機能だ。
でもそのままでは社会的に問題が生じやすいから何とかしましょう
ってコトで、人類は宗教や法律を発明した。

個人レベルでなく国家レベルの自己愛では、どうなる?
最近の国際情勢では問題を増やすだけのような気がする。
そもそも国家レベルの自己愛なんて、近所の国の連中で懲り懲りだね。
それ以前に、過去の日本で懲りた人も少なくないだろうし。

どうせなら人類全体を、全世界を愛せよとでも言えば良かったのに。
そういう馬鹿げた、しかし格好良いコトを言う日本なら、愛する気にもなったかもしれない。

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