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2006.11.16

所持品紹介(1) 茶革の手帳

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ふと考え事をして、メモして、また考える。1人でいるとき、そんな行動パターンがある。
風流を気取ってるワケじゃない。ただただ脳内でシミュレーションするよりも、
あるいは誰かと喋っているよりも、文字を並べた方が考えを組み立てやすいのだ。
といっても文章に自信があるというワケでもない。意図通りの内容を盛り込むべく、いつも散々悩む。

それでもやはり、文章を組み立てる方が、いろいろな点で喋るより良いと思う。
そもそも脳内で作られたままの情報は、外から入力された情報よりも揮発しやすい。
(頭に浮かんだコトをすぐ忘れてしまう貧弱な記憶力の持ち主であるコトも問題ではあるが)
だからメモを取ることで視覚情報によるフィードバックをかけて、擬似的に外部入力とする。

たとえば夢の内容を記憶し続けるのは難しいが、
枕元にメモ用紙を置いといて、目覚めた直後に夢の内容を書いておくと忘れにくい。
ベンゼン環の構造を解明した学者の逸話からも、
そんな脳味噌の仕組みが伺える。

口に出して語っても耳からフィードバックされるだろうから、おそらく同じような効果はあると思う。
でも書いておけば、後で文字が形として残るので、記憶を強化する効果はさらに強いはずだ。

こんな「書いて考えてまた書き込む習慣」を持ったのは社会人になってから。

昔はメモなど書かなかった。小学校から大学に至るまで、授業のノートもマトモに書いた試しがない。
ただ教科書を読んでいただけだった。それで充分だったのだから、文字を記憶に取り込むのは得意なのかも。

もともとは仕事の合間に、なんとなく思ったコトを単に書き記していただけだったと思う。
繰り返しているウチに、気付けば習慣になって、癖になって、身に付いた。

過去の思考の過程を垂れ流したノートは何冊になったか、もう忘れた。

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