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2007年8月

2007.08.31

エレファントイヤー?

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納得した上でないと、ロクに書いたり喋ったりできないタチである。

その上、モノゴトを多角的に、多面的に、多次元で見ようとするもんだから
迅速に理解するなんて器用なコトもできやしない。

焦ったり慌てたりしたら、もっと駄目なのは身に染みている。
とにかく、ゆっくりとしかできないのだ。

こんな生き様に似合うような仕事があったらいいんだけどね。
それもなかなか見つからないので、やはりゆっくり探すしかない。

人生なんて常に過渡期であって、落ち着くコトなどないし
安定した居場所もないんだが、ついつい気長にやってしまう。

世間一般より、いささか時間軸が長いのかもしれない。
何かを掴むのが早いか、寿命が尽きる(あるいは野垂れ死ぬ)のが早いか。

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2007.08.30

煮ても焼いても発酵させても何をやっても食えない(自分が)

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火の発明は人類に大いなる恩恵をもたらした。
その熱によって、それまで食えなかったモノを食えるモノにした。

食に関していえば、火に並ぶ発明が「発酵」と言えるだろう。
猛毒で食えないはずの河豚の卵巣を漬物にして食う、なんて地域もある。

一見、腐っているように見えて、実は旨いという発酵食品も多い。
それらは旨いだけでなく、しばしば栄養価の高さなどでも注目される。

なぜそんなモノを食おうとしたのか、どのようにして食えるコトを発見したか。
それを考えると、なかなか興味深い。

寄り道せず目的地に真っ直ぐ突っ走るような思考形態を持つ人は
仕事の現場でもシンプルかつスピーディな考え方で素早く効率的に稼ぐ。

寄り道主義は、その真逆だ。
しかしまあ、こんなのがいてもいいんじゃないかなと勝手に考えている。

発酵食品を発見したのは、きっと寄り道好きな人に違いないから。

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2007.08.29

面、目もないハナシ

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たしか道教だったと思うが、「無面目」という伝説上の存在がある。
ヒトの形をしているが、顔には目も鼻も口も耳もなく、それらに象徴される外の感覚も持たず、
つまり外部との接触を一切持たず、ただ内的な思索に耽るだけとされている。

その伝説の無面目は、目鼻口耳に相当する7つの穴を顔に空けられて死ぬという。
諸星大二郎が、これを題材に漫画を描いていた。顔を描かれてヒトの感覚を得て
ヒトの社会に生きるようになるが、最後は狂って壮絶な死に方をしていたっけな。

まあしかし、その穴をあけてもらって初めて無面目はヒトとなったとも言える。
完全なヒトというのは感情に翻弄され現実に流され、そして死ぬイキモノなのだ。
そこはほれ、分かっちゃいるけど何とやら。

もし生存に不利益をもたらすほど奇形の角を持った牛だったとしても、
矯正という名の拷問によって死に至るよりは、奇形によって死にたい。
それでこそ生命を全うしたと胸を張れる、と考える人もいる。

矯正という苦しみを乗り越えて不利を克服できる可能性があるのなら挑戦すべきだ、
と考える人もいる。それもまた一つの生き方。どっちを選ぶかは人それぞれ、状況次第だ。
だが何にせよ、その選択を強制されるコトだけは嫌だな。

「馬を水場に連れて行くことはできても馬に水を飲ませることはできない」とは言うが、
水を飲みたい馬なら飲んでくれるよ。そこまで連れてこられるくらいなんだから。
それ以前に、水場だろうと何処だろうと他人に引かれて動くのだけは嫌だ、なんてのもいるけどな。

もし身近に、そんなヤツを見かけたら、ひとまず放っておけばいいさ。

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2007.08.27

転載は忘れた頃にやってくる

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名乗るほどの名も無い根無し草が、
ちょいとだけ場所が用意されたので書いていた文章がある。

些やかな事情からそこを去るコトになって中断したが、
寄り着いた場所で思い出したように再開するコトにする。

過去ログには一部、微妙に違うように思えるトコロもあるが、
あえて書き直すことはせず、そのまま転載している。

今後は当面、未投稿ネタを消化していくつもりだが、
徐々に新しく書いたネタへと移行していく方針とする。

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