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2007.09.19

出張旅行記(11.5) 日本のどこかで待ってくれているかもしれない

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松江出張からの帰り道、同行者と別れて一人、兵庫県に寄った。
完全な私用で、個人的に大切な人たちに会うのが目的だ。

その人たちからは、「先生」と呼ばれている。

その呼び名に相応しいような大それたコトなど
決してできていないとは思うのだが、
この人たちには他に適切な相談相手がいないせいもあり
電話やメールで頻繁なコミュニケーションをしてきた。

ときには電話の向こうから啜り泣きや怒り狂った叫び声、
あるいは押し殺した冷たい呪詛の声が聞こえ、そのたびに
何もできない遠くの存在であるコトを恨めしく思った。
だが最近では、少し明るい声が増えてきたような気がする。

相変わらず大したコトもできないが、遠くから見守っているよ。

訪れた際には、せっかくだからと姫路城へ案内してもらった。
江戸時代初期から400余年の歴史を持つ名城。世界遺産でもある。

大学時代、東京から悪友どもと交代でレンタカーを転がして
ここまで走ってきたコトがあったな。あいつらとは喧嘩もしたっけ。
そんな無謀だった鯱張ったような時代は、とうに過ぎ去った。
これからは大切な人たちの信頼に愛情で応えていく。それだけだ。

今、この大切な人たちは、まだ若い。
姫君だの若君だの、というくらいだろう。
今後も、辛いコトや嬉しいコトがあって、いろいろ経験するはずだ。
ただ、どんなに苦しい過去でも、いつかは笑って振り返れるようになる。

そのいい例が、ここにあるから見ておくといい。

いつも、いろいろと言葉を連ねて語ったりしているが、
実は背中で語ろうとしているのだと気付く時がくるはずさ。

なに、追い越してしまえばちっぽけな存在だ。
背中で語るといったって、実は大したコトも語ってない。

カピラヴァストゥの王子やナザレの大工の息子などのように
世界を救おうというワケじゃないからね。
せいぜい自分の大切な人たちに気休めを言って、
それでちょっとばかり尊敬されたいだけ。

この背中を小さいと感じられるようになれば、喜んでほしい。
それは紛れもなく君たちが成長した証だから。

その頃には、君たちの小さな「先生」も、
きっと遠くの酒場でグラスを上げ笑っていることだろうよ。

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