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2007.09.15

所持品紹介(3) おじいさんの懐中時計

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母方の祖父は、13歳から働き始めたという。
丁稚奉公のようなものだったらしい。
奉公先は、市内有数の材木商。
後には株式会社化し地場ゼネコンとなった。

祖父は、丁稚から役員になって退職するまで、その会社に
ずっと勤めていた。後には代々の社長を育てたとも聞く。

町内や親族などに困っている人がいれば放っておけず、
特に下の立場の人たちに優しい親分肌なトコロがあった。
かといって贅沢をするでもなく、酒もほどほど。
ただし無類の祭り好きで、市の祭りには先頭を切って山車を引く。
亡くなる直前には、よく録音の祭囃子を聞いていた。

貧しい時代も長かったが、使うべきトコロにはカネを惜しまなかった。
焼けた寺に再建資金や資材を寄進したコトさえある。
いつしか数十人の一族の長となり、町内の顔となり、
そして大往生を遂げ、その寺の隣の墓地に今は眠る。

手許にあるのは、その祖父の形見の一つ。
「贈 四十年勤続記念」と、裏面に彫られている。
小僧時代から40年とすれば祖父53歳の頃か、贈り主は「従業員一同」だった。

数年前に祖母が亡くなるまで形見として保管されていた。
というより、箪笥のどこかに仕舞い込まれたままだった。
発見された当初は文字盤の一部にシミができ、竜頭も
どこかに失われ、使えるかどうか危ぶまれるような状態だった。

「今時、懐中時計なんてねえ」と言われたその品は、
一族でも偏屈者で知られる、末娘の末息子が引き取った。

孫の世代では最年少だ。
亡くなった頃には小学生になったばかりだったか。
ほとんど顔も声も思い出せないが、今でもときたま
親戚などから思い出話を聞く機会がある。
その祖父の、人への接し方に憧れた一人でもある。

市内の商店街に辛うじて生き残っていた時計店で聞けば、
幸いなコトに、ベテランの職人がいて修理は可能だという。
文字盤のシミは判読に支障がないのでそのままにした。
また、組紐は風化して千切れたため、新たにストラップを
つけて首から提げる形としている。

おそらく別の壊れた時計から移したのであろう新たな竜頭で
発条を巻き上げると、小気味良い音を立てて秒針が歩き出す。
ちょっとばかり姿は変わったが、数十年前の祖父の懐に
あった頃と同じく、そいつは生きて時を刻んでいる。

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