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2007年9月

2007.09.30

総力戦(撃破)

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これまで、格差は一国内の問題であったが
今では少しずつ、しかし着実に、どこの国家でも
共通の尺度やレベルに揃いつつあるようである。

富める者は富める者なりに、
貧しい者は貧しい者なりに、
それぞれ一次元化された“グローバルな基準”
での評価の中へと否応なく放り込まれ、
富める者はさらに富める国の富める者と、
貧しい者はさらに貧しい国の貧しい者と、
結局それぞれに孤立した状態のままで比較され、
競争をさせられる羽目になっている。

結局、誰に頼るコトもできぬまま
ヒトビトはバラバラにバタバタと倒れていくばかりで、
最後に“勝ち残った”者もまた孤独に滅ぶのかもしれん。

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2007.09.29

無回答という回答

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「一体どうしたらいいの?」
「何をしたらいいか分からない」
「答えを教えて!」
そう聞かれるコトが、しばしばある。

だが、答えなんて出ないんだよ、若人たちよ。

たしかに、必要であればその場その場に応じた分析と、
それに基づいた助言をするコトはできる。
だが、言葉だけ伝えてしまえば、それが一人歩きしてしまう。
止めるコトはできない上に、曲解される危険性が高い。
(「助言とは賢者から賢者に贈るのであっても危険な贈り物」
なんて言葉が指輪物語の中のワンシーンにあったような気が)

ただ、ブレの少ない姿勢を示すコトならできると信じている。
いつも寄り道回り道ばかりだが、一貫してそうしているコトは
少し時間をかけて見ていてくれれば、きっと分かるはず。
その姿勢の背後にある意識についても、考えれば分かると思う。

コイツがいつも確実に役立つ、とまではいかないだろうが
まあ少しは気休めになるだろうよ。酒と同じくらいには。

そういう意味では、直接の役に立たなくてごめんね。

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2007.09.28

幸カ_フ幸カ

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幸不幸なんてのは算数の範囲外にあるから
足し算引き算掛け算割り算どれも合わないのだけれど、
少なくとも、一人が幸せになって周囲が不幸になる、というコトはない。
周囲が不幸になれば、囲まれた人もまた不幸を感じるのだから。

だから自分が幸せになりたかったら、まず大切な人を幸せにするといい。
「情けは人のためならず」っていうだろ?

個人てのは国家や会社組織じゃないのでね、大仰な方針なんて要らない。
せいぜい大切な人たちが幸せに感じられればそれでいいだろう。

でも、大切な人のさらに大切な人を、と拡大解釈を続けていったら、
やっぱりみんなが幸せになる道を探すコトになってしまうらしいのだな。

仕方ない、まずは手近なトコロから手をつけるか……。
(以下、数行前から繰り返し)

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2007.09.27

とかく、この世は、酌めども尽きない

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ないものにも掌の中の風があり、
あるものには崩壊と不足しかない。
ないかと思えば、すべてのものがあり、
あるかと見れば、すべてのものがない。

――オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」(小川亮作訳)より

たしか高校生の頃、この詩人の作品集に出会った。
「この世も人生も、どうせ虚しい、
だから苦しみなど酒を飲んで忘れてしまえ」
といった考え方が、どの詩にも流れている。

そういう強烈な無常観に憧れた時代もあった。
「空の空、空の空、一切は空である」だの、
「色即是空 空即是色」だのも、当時の心を掴んだ言葉だ。
酒を飲んでみて、その酔い心地を覚えたのも、また同じ時期。

20世紀には宇宙や素粒子の研究が急激に進んだ。
その一端に触れたときに少年は、個人の、いやヒトの力などでは
どうしようもないほど広大な世界があると知って気が遠くなり、
同時に強く心を動かされ、ために無常を語る言葉を求めた(それと酒も)。

久し振りに書店で出会ったルバイヤートを手に取って、
その無常に慣れてきたコトを実感する。老けたってコトかね。

相変わらず苦労が絶えず、うだつの上がらない生活の身の回りと、
どこまでも突き詰められそうな、それでいて生きている限り決して
辿り着くコトのできない遠い地平を見てみたいと希求する心とを、
どうにか折り合いつけて楽しみ、ヘラヘラと笑っている。

酒も、まあそういう役には立つのだろうな。

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2007.09.26

学々ブルぶる

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しばしばヒトは、話し相手が自分と同じくらいの感覚を持っていると
錯覚しがちである。面白いコトに、学のある人でもない人でも同じ傾向だ。
それを上手に利用すると、相手を鏡として自分を観察してみたり、
自分を鏡として相手に自らの姿を見せつけるコトも可能になるらしい。

二千と何百年か昔、当時の地中海世界の中心の一つであった大きな
都市国家に住む男が、そんな「知らぬフリ」を得意技としていたとか。
(なお、彼の用いた具体的な話術は文献にも残っているようだが、
それを熟読したワケではないコトをあらかじめお断りしておく)

この男は、悪妻についての悪態を吐くのが得意だったり、
いろいろとヨタ話をして若者を集めるのが好きだったりして、
そんな連中に交じっては、よく飲み食いして騒いでいたというが
最後は囚われ死罪宣告を受け、毒人参の汁を飲んで獄中に果てた。

それはそれできっと楽しい一生だったと思うが、まあともかく。
このテクニックは、まさに相手に考えを整理してもらいたいときに役立つ。
冒頭に示した点についても同様。喋っているそばから、
その裏側にある心理や感覚を読み取られてしまうかもしれないぞ。

たいていヒトってのは、ほぼ確実にどこかしら矛盾があって、
調子に乗って喋っていると結構ポロポロと出てしまうのだな。
それを、「知らぬフリ」によって繰り返してみたりすると、
自ら気付くよう仕向けるコトも可能になる、コトが多い(相手次第ではあるが)。

真似っコは魔の根っコ。自己矛盾の根は深く広く心の奥底に伸びる。
それを外から引っ張って抜こうとしても、まず抜けはしないだろう。
あるいは無理矢理に引き抜けたとしても、大きな傷がたくさん残る。
だから、自分で少しずつ抜いていかないといけない。そのためにこそ。

もちろん、自分に対して同じテクニックを使ってもいい。
無意識の自己欺瞞というフィルターがあって容易ではないが、
慣れてくればフィルターの補正を加えた上で自己観察をするコトも
できるようになってくる。のではないかなあ(これもまた相手次第か)。

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2007.09.25

無理には解かないパズル

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以前、こんな相談を受けたコトがある。
「誰もが性急な解決を求めるばかり。どうしたらいいの?」

本人は、容易に解くコトができないと感じている。
それなら無理に解決しようなんて、しない方がいいと答えた。

人の関係は知恵の輪に喩えることができるだろう。
その一つは当人にあり、
また一つは別の人の手にあり、
さらに別の輪っかが、これまで関わってきた人たちの手に握られている。

こんなの、皆が引っ張り合うままでは、解けるはずもないだろうと。

しかも、別の知恵の輪が、また別の人間関係の中にある。
一つ解決したと思っても、別のものがこじれるコトだってある。

自然に、緩んでくるのを待つのがいい。

実際、一つは張力が緩んだ瞬間、外れかかった。
とはいえ、その影響で実は別のトコロの輪っかが
引っ掛かりそうになっているのだけれども。

なんというか、解こうとする考え自体が
間違っているのかもしれないなあ。

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2007.09.24

中途半端でなけりゃ生きられないワケでもないけれど、それがヒト

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完璧な真実そのものには触れないし確実な道もないのは間違いない。
とはいえ止まっていれば間違いなく近付くコトはできないのもまた正し。
どんだけ足掻いたって得られないモノも行けないトコロもたくさんあるけど、
もし行けたら得られたらどうしようかと想い巡らしたりもしてみたくなる。

何もかもが全く正しいワケでも全く間違っているワケでもない。
完全なる善も悪もヒトの内には存在し得ないものだから。
だけど、その中でも比較級で語れるコトもあるし、
上手に矛盾を少なくする工夫もできなくはない。

積極的な肯定ではなく、否定するコトを否定するという姿勢でいたい。
もちろんそこには自己矛盾が含まれるので完全は実現するハズもない。
だが所詮はヒトなので、それで構わない。いや、むしろヒトらしい。
行き過ぎを防ぐのは負のフィードバックだ。それでこそ揺れても戻れる。

物事に囚われない、というコトに対しても囚われない。
些事を気にしない、というコトに対しても気にしない。
一方に偏らない、というコトに関しても偏らない。
気張りすぎない、というコトに関しても気張らない。

こんな心理的テクニックがスキルとして身に付き、
いつしかポリシーとして定着してきた気がする。
それでもまだ、だいたいこのくらい、だいたいそんなもん、
という恒常性を保つのは簡単なようで難しい。

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2007.09.23

誰かさんに似てるひと

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身体は小さく、どちらかというと華奢な印象があって、
感受性が強く好奇心も旺盛で、読書が好きだったりと知識も豊富、
自分の感覚や気持ちを裏切るコトができないから、それと同時に
他人の感覚や気持ちも同じく大事にしようとしている。

家族や友達、そして恋人に傷つけられたり傷つけたり、
いろいろと辛い経験も重ねているが、それで成長してきた。
とはいえ、自分自身の成長にあまり実感が持てず自身過小。
どころか蓄積した疲労や古傷の痛みに負けそうになるコトもある。

そして優しさを求めつつ、他人にも優しさを与えようと
一生懸命生きている。
(ちなみに、この言葉の意図に感性の上では納得するのだが、
それと同時に文字通り解釈すると微妙な言い回しであると
気付くだけの機転も持ち合わせている)

これまで好きになった女の子たちの共通項を、
大まかに整理してみた。そして、気付く。

……ここにも、ちょっと似たような男がいるじゃないか。
(もちろん華奢ではないし負けそうになった様子も見せないし
ましてや一生懸命というほどでもないのだけれども)
これは、苦笑する以外にないな。

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2007.09.22

働き者の狛鼠

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ときたま、狛犬の代わりに他の動物を立てた社がある。
かの平将門の鎧を祀ったとされる東京の鎧神社では
猿に似た像が置かれ、「狛犬形庚申塔」と称されている。

平将門は日本史の中で反体制の代表格として扱われるコトが多い。
その縁の社に、犬でなく猿。
これはこれで、考えてみると興味深い。

京都には来年の干支、鼠が置かれた神社があったりする。
出張で近くに寄るコトがあれば、よく哲学の道を歩くのだが、
その途中では大豊神社に詣るのを常としている。

勝手に、小柄な者の守り神だと思うコトにしているのだ。
それなりに守ってもらっているような気がするけど、
そうでなくても別に。

むしろ、より小さな者たちを守ってもらいたいと考えているから。

鼠は小さく、力は弱い。大型獣に踏みつぶされるコトもあろう。
ただ、鼠算的に殖える能力を備えているのだ。
失ったモノを嘆くより先に、新たな生命力を得るコトができるはず。
そして嘆くより先に、将来への希望を。

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2007.09.21

大型獣的小動物

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小柄な身体をしているがゆえに、
重力と慣性と各部筋肉の反射をそのままに動けば
齧歯類か小型肉食動物的な動作になりがちだ。
良く言えばキビキビと、悪く言えばセカセカと。

その上、身体は比較的柔軟で、小さいなりには筋力もそこそこ、
反応速度も悪くないと思うし、周囲への意識も強いもんだから、
何の荷も持たないでいれば、かなり身軽ですばしこい。
きょろきょろチョロチョロと、まさに小動物となるだろう。

しかし本能を活用して衝動的に、かつ身体的特徴に合わせて
動くばかりなら、そりゃヒトじゃなくて動物になってしまう。
というワケで、普段はあえて意図的に
それらとは逆の性質を持った動きを心掛けている。

まずは視界が広いコトを活かし、あまり眼球を動かさず周囲を伺う。
逆に、意図的な視線の移動は首の向きやら姿勢を変えて周囲に示す。
また、関節は伸ばしきらず曲げきらず程々の範囲を保つよう動かす。
一方、身体の柔軟さはバネとなるが、跳ねるコトのないように歩く。

身体各部の動きを意識的に制御して、その寸法による制約範囲を
ちょっとばかり超えてリズムを変えられるようにする。
反射を抑えた意図的な制御は、どちらかというとテンポを遅める方向に
強く働く傾向があり、自然にゆったりとした動きが中心になってくる。

しかも普段は大きく重い荷物を持つコトが多い。
体重など60kgもないが荷物を含めれば70kg近くになる。
その重みに合った動きとなれば、身一つでの動きよりは、
やはり相当ゆっくりとなる。

つまるところ、大型獣のような動きになっているのではないかと思う。
かといって、身体的に鈍重なワケではないから動こうとすれば動ける。
さらに、意図的に動作を遅らせるコトで、精神的にも余裕ができる。
慌てず焦らず機を待って、そして動くに際しては持ち前の瞬発力を。

もともと意図的に始めたコトではあるが、数年すれば明確に意図する
までもなく動けるようになり、さらに数年すれば意識も変わってくる。
十何年もやってれば、かなり板に付いたと言えるだろう。
牛の皮を被った鼠、くらいにはなったかな?

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2007.09.20

舫綱

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先日、丸ビルにモアイ像が展示されているというので見に行ってきた。
現代人による復元品だが、オリジナルと同じ素材や手法で作られた本物でもある。

環境考古学者の安田喜憲氏は、著書の中で
かつてモアイを作っていた文明は自然破壊によって滅んだと指摘している。

イースター島へ訪れたコトはないが、写真で見る今の姿といえば
一面の草原に覆われた山腹に目のないモアイが寂しく立ちつくす様子。
草原に立つモアイは、倒れていたものを後になって立て直したものだ。
かつてはサンゴ石と黒曜石の目を持っていたが、それも失われて。

モアイを作っていた頃のイースター島は森林に富んだ緑の島であったという。
森は住居や船、モアイを運ぶコロなど貴重な資源を提供し、農作や漁獲を支えた。

しかし人口増加によって乱伐が行われたのだろう。
いつしか森が失われ、そして森林とともに文明が失われていった。

船が作れない上に、森林からの栄養分が近海に行き届かず
まったく魚は獲れなくなる。表土が流出して農業も振るわない。
狭い島の中で食料の奪い合いが生じて争いになり、
崇める対象だったモアイは倒される対象となる。

そもそもモアイをラノララクの石切場から運び出すためのコロもなく、
遠くの島から船で得ていたサンゴ石も得られず……。

今の世の中に復元されたモアイ像は、
失った時代に対するイースター島の人々の哀惜か。
その反省を改めて今に伝えようとする努力か。
さもなくば、それこそ安田氏の警告するように
漂流しつつある世界を、小さな孤島の運命に結びつける綱なのか。

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2007.09.19

出張旅行記(11.5) 日本のどこかで待ってくれているかもしれない

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松江出張からの帰り道、同行者と別れて一人、兵庫県に寄った。
完全な私用で、個人的に大切な人たちに会うのが目的だ。

その人たちからは、「先生」と呼ばれている。

その呼び名に相応しいような大それたコトなど
決してできていないとは思うのだが、
この人たちには他に適切な相談相手がいないせいもあり
電話やメールで頻繁なコミュニケーションをしてきた。

ときには電話の向こうから啜り泣きや怒り狂った叫び声、
あるいは押し殺した冷たい呪詛の声が聞こえ、そのたびに
何もできない遠くの存在であるコトを恨めしく思った。
だが最近では、少し明るい声が増えてきたような気がする。

相変わらず大したコトもできないが、遠くから見守っているよ。

訪れた際には、せっかくだからと姫路城へ案内してもらった。
江戸時代初期から400余年の歴史を持つ名城。世界遺産でもある。

大学時代、東京から悪友どもと交代でレンタカーを転がして
ここまで走ってきたコトがあったな。あいつらとは喧嘩もしたっけ。
そんな無謀だった鯱張ったような時代は、とうに過ぎ去った。
これからは大切な人たちの信頼に愛情で応えていく。それだけだ。

今、この大切な人たちは、まだ若い。
姫君だの若君だの、というくらいだろう。
今後も、辛いコトや嬉しいコトがあって、いろいろ経験するはずだ。
ただ、どんなに苦しい過去でも、いつかは笑って振り返れるようになる。

そのいい例が、ここにあるから見ておくといい。

いつも、いろいろと言葉を連ねて語ったりしているが、
実は背中で語ろうとしているのだと気付く時がくるはずさ。

なに、追い越してしまえばちっぽけな存在だ。
背中で語るといったって、実は大したコトも語ってない。

カピラヴァストゥの王子やナザレの大工の息子などのように
世界を救おうというワケじゃないからね。
せいぜい自分の大切な人たちに気休めを言って、
それでちょっとばかり尊敬されたいだけ。

この背中を小さいと感じられるようになれば、喜んでほしい。
それは紛れもなく君たちが成長した証だから。

その頃には、君たちの小さな「先生」も、
きっと遠くの酒場でグラスを上げ笑っていることだろうよ。

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2007.09.18

所持品紹介(4)  銀の鈴で遭いましょう

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妻がくれた銀の鈴
外に穴は一つもなく
かぼそく高く小さいが耳に響き不思議なくらいに安らぐ音色

アイツの声に、似てるかもしれない

金の指輪を外してしまった今もなお
この銀の鈴はペンダントとして首に提げ
ほぼ常に身に付けて歩く

首輪みたいなものかもしれない

物理的には軽いモノだが、きっと気持ちの上では重い枷
だがしかし、これくらいの錘がないと
どこに行ってしまうか分かったもんじゃないから

だから外す気は、今のところあまりない

今もなお妻との縁を示す希少な手掛かりであるのみならず
アイツとの生活で得た数々の経験を戒めとして
その音が現実へと常に引き戻してくれるから

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寝台特急の入線を待つ東京駅で
「銀の鈴 待合わせ場所(地下)」の案内表示を見て思う
――そこならきっと会えるはず――

そんなトコロなのかもしれない

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2007.09.17

出張旅行記(11) 夜明けのサンライズ

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山陰地方への出張では、鳥取県には何度か訪れているのに
島根県には入ったコトがなかった(たぶん)。
米子市への出張の際など、境港まで足を伸ばしていたにも関わらず。

そんなトコロへ、松江行きのハナシが舞い込んだ。
一も二もなく飛びついたのは言うまでもなく、
「いっそ夜行で」というリクエストまで出してしまう始末。

まさかとは思ったが、その要望が通ってしまった。
乗ったのはサンライズ出雲。東京発岡山経由出雲行きの寝台特急だ。
(考えてみれば航空券の通常料金より安いし、宿代まで含めればもっと安い)

夜遅く、東京を出る。
個室寝台は、パノラマ窓つきカプセルホテルとでも表現すべきか。
とはいえ小柄な身体には余裕の広さで、その長さほぼ一杯に窓が広がる。

列車は東海道本線をひたすら下る。
走り出してしばらく、同行者と酒を酌み交わし過去の旅の話などする。
その後、愛知県に入ったあたりで酒が尽き、それぞれ個室に。

コンパートメントの明かりを消した途端、
車窓には外の夜の明かりが静かに流れるばかりとなった。
他の個室も明かりを消しており、目の前の線路まで暗闇が押し寄せてくる。

暗さに目が慣れると、背景にゆっくり進む雲がむしろ明るいのだと気付く。
前景には灯を消した住宅や倉庫などか、
四角い影がその白い雲を切り取っては走り去る。

時折、頭上で稲光のような閃光が見えるのは、
おそらく架空電線の切り替わりに生じるスパークであろう
と気付くにも時間が要った。

非日常的なパノラマに、しばし見入っていると突如、
これを一人ではなく、一緒に眺める相手が欲しい
という痛切な想いがこみ上げてきた。

と、枕元の棚に置いた鈴が、列車の揺れで小さく澄んだ音を鳴らす。
そうだったな。
少なくともアイツは一緒にいてくれている。今はこれでいい。

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結局、米原あたりまでは目が覚めたままだった。
興奮ではなく、醒めすぎていたようだ。
とうに酒も抜けていた。

その後、眠気が急に増してきて、ふと眠りに落ちる。

目覚めたのは岡山駅。
ここまで連結して走ってきたサンライズ瀬戸との分離作業で
少し長めに停車する。

まだ早朝。これからラッシュが始まろうという時間帯だ。
カーテンの隙間から見えたホームは、日常生活。
それを覗き見る室内は、まるで寝床の前に大画面TVを置いたかの如く。

岡山から線路は中国山地を登り、降る。
小綺麗な寝台に腰掛けていながら窓の向こうは深く険しい山の中。
これもまた、非日常感たっぷりの風景だなあ。

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2007.09.16

出張旅行記(10) 屋台㌧骨

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博多は市街地と空港が非常に近い。
博多空港と博多駅の間は地下鉄で2駅しかない。
日本でもトップクラスの利便性を備えた空港だ。

出張では、何度も訪れている。
あまりに利便性が良いので日帰りも多いが、ときには一泊する。
ついでに天神や中州あたりを歩いてくるコトも多い。

先日は、アポイントが朝早い時間だったので一泊した。
前日の午後に博多入りし、まずチェックインしてから
同行者と一緒に中州へ繰り出した。

ちょうど夕暮れ時で、夏の博多はまだ蒸し暑く、冷房が欲しい。
まずは普通に手近な飲み屋に入った。
こういうトコロに立ち寄ると、いつもこう思う。

東京には、何でもあるが、たいてい高い。
地方都市には全てあるワケじゃないが、地場の旬の物があり、それは安くて旨い。

都市が大きくなればなるほどモノもカネもヒトも集まり、
集めるコトが価値を生み出すというが、より多くの砂を
かき集めようとすれば、指の間からこぼれてしまうもの。

かつては、大きな都市ほど懐が深く、そういった枠外の
存在も寛容に受け入れてしまうものだったのではないか。

博多は、そういう許容範囲の広い都市の代表格だと思う。
川沿いのそこかしこ、あるいは大通りの広い歩道に並ぶ
数々の屋台は、日本有数の大都市にも寛容さがあると示す。

しかし最近では、代替わりの問題が出始めているという。
屋台の営業許可だか道路使用許可だかを更新する際、
肉親以外には認めない方針になったのだとか。

それでも若い人たちが元気に切り盛りしている屋台は結構ある。
まだまだ、しっかりしてるじゃないの。この屋台の骨は。

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2007.09.15

所持品紹介(3) おじいさんの懐中時計

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母方の祖父は、13歳から働き始めたという。
丁稚奉公のようなものだったらしい。
奉公先は、市内有数の材木商。
後には株式会社化し地場ゼネコンとなった。

祖父は、丁稚から役員になって退職するまで、その会社に
ずっと勤めていた。後には代々の社長を育てたとも聞く。

町内や親族などに困っている人がいれば放っておけず、
特に下の立場の人たちに優しい親分肌なトコロがあった。
かといって贅沢をするでもなく、酒もほどほど。
ただし無類の祭り好きで、市の祭りには先頭を切って山車を引く。
亡くなる直前には、よく録音の祭囃子を聞いていた。

貧しい時代も長かったが、使うべきトコロにはカネを惜しまなかった。
焼けた寺に再建資金や資材を寄進したコトさえある。
いつしか数十人の一族の長となり、町内の顔となり、
そして大往生を遂げ、その寺の隣の墓地に今は眠る。

手許にあるのは、その祖父の形見の一つ。
「贈 四十年勤続記念」と、裏面に彫られている。
小僧時代から40年とすれば祖父53歳の頃か、贈り主は「従業員一同」だった。

数年前に祖母が亡くなるまで形見として保管されていた。
というより、箪笥のどこかに仕舞い込まれたままだった。
発見された当初は文字盤の一部にシミができ、竜頭も
どこかに失われ、使えるかどうか危ぶまれるような状態だった。

「今時、懐中時計なんてねえ」と言われたその品は、
一族でも偏屈者で知られる、末娘の末息子が引き取った。

孫の世代では最年少だ。
亡くなった頃には小学生になったばかりだったか。
ほとんど顔も声も思い出せないが、今でもときたま
親戚などから思い出話を聞く機会がある。
その祖父の、人への接し方に憧れた一人でもある。

市内の商店街に辛うじて生き残っていた時計店で聞けば、
幸いなコトに、ベテランの職人がいて修理は可能だという。
文字盤のシミは判読に支障がないのでそのままにした。
また、組紐は風化して千切れたため、新たにストラップを
つけて首から提げる形としている。

おそらく別の壊れた時計から移したのであろう新たな竜頭で
発条を巻き上げると、小気味良い音を立てて秒針が歩き出す。
ちょっとばかり姿は変わったが、数十年前の祖父の懐に
あった頃と同じく、そいつは生きて時を刻んでいる。

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2007.09.14

理系用語で読み解く社会(9) 左様それは反作用

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他人を変えていこうとするのであれば、
変えようとする側も同じ人間だけに容易なコトじゃない。

変える変えると簡単に言うが、初夏の田圃の蛙じゃあるまいし、
ゲコゲコ言ってりゃいいってもんでもねぇだろう。
そもそも下戸なら酒飲まないで茶か何か注文しとくれ。
飲めない奴に無理矢理飲まそうなんて気はねぇんだからよ。

……ハナシが逸れた。
これじゃ何を言いたいのか分からんので本筋に戻す。

モノとモノとの間には様々な力が働いていて、
それが世界の形を決めている。
ヒトとヒトとの間にも同じく様々な力があって、
それが社会の形を決めている。

押せばその主体にも同じだけの力が加わり、仮に足場が
弱ければむしろ押した側が動かされてしまうコトだってある。
引いても同様。揺らしてみても動揺。それ、どうよぅ?

……どうも今回の原稿は変だな。
まあしかし、なんとなく理由は察しがつく。

これまでいろいろと声をかけたりメールしたりして成長を促していた相手が、
その甲斐あって(?)成長したなと実感できたとき、この身を振り返れば
同時に、いやむしろ相手よりも成長できたのではないかと感じられた。

その事実に気付いた点も、また大きな経験であった。
そう、誰かに成長を促すのであれば、むしろ自ら先に立って成長するくらい
の考えでいた方が良い。あるいは力を合わせて一緒に成長するのだと。

一人では乗り越えられない壁があったとしても、まず一方が他方を押し上げ、
そしてから次には先に上がった側が他方を引き上げていけば2人とも一緒に
壁の向こうに降り立つコトができる。きっとそんな形で、やっていけるはず。

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ここまで付き合ってくれた多くの人に礼を言わねばな。
本当に有難う。

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2007.09.13

出張旅行記(9.5) 竹富の翁

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石垣島から竹富、西表はじめ周辺の島々へは、船で移動する。
その港には小さな高速船が細い桟橋に並ぶ。

生活の足でもあるから、船はひっきりなしに出入りする。狭い港の中で器用にUターン。
隣の船に接触するのではないかというくらいに寄せて、素早く切り返す。

いかにも扱いに慣れた様子だ。ひょっとしたら自動車より先に
船舶の免許を取る人も多いのではないだろうか。そんな気がするくらい。

港の片隅は、小さな貨物船も停泊している。積荷は何なのだろう。
箱だけでなくタンクもあるから、燃料なども一緒に運んでいるようだ。

コンテナを積み卸すフォークも慣れたもので、
重みで傾ぐ船と桟橋とをキビキビと行き来していた。

あの客船が乗合バスなら、この貨物船は配達のトラックというトコロか。
そして農機具の代わりに漁船がある、と。

竹富へは高速船で15分ほど。まさに隣の島だ。
切れ切れの雲の影が海面に映り、陽の当たった海面はエメラルドグリーンに輝く。

名物の水牛車に乗るほど時間はなく、むしろ迅速に動ける徒歩を中心に移動する。
サンゴ砂が敷き詰められた路面は足に優しい。

路面の下には上下水道も通っているのだろう。ところどころにマンホールもある。
ただ電線が、この地域特有の赤瓦屋根の手前や背後に目立つ。

小さな離島ではライフラインの整備も大変だろう。発電所を置いているとは
考えにくいので、電力は石垣からの海底ケーブルが頼みではないかと思われる。

そんなコトを考えていたら、角に花を乗せた水牛(きっと若い雌)が
こっちを見て笑っているのに目が合った。

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2007.09.12

出張旅行記(9) コンクリ垣島(語呂が悪いなあ……)

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出張で、ほぼ日本最南端・最西端の島を訪れたコトもある。

スケジュールは例によってタイトで、1泊2日。
石垣島での仕事だったが、合間に半日ほど竹富島にも足を運んでみた。

ここ先島諸島には、あの尖閣諸島を含め有人・無人の多数の島々があり、
そこから西は台湾、そして中国。

石垣空港は滑走路が短いだけでなく、誘導路がないから
滑走路上で転回せねばならなず、B737が限界という小さな空港。

観光への依存度が高い産業構造ゆえ、より多くの客が来られるよう大きな
新空港を建設中だというが、小さな空港にタラップで降りるのも風情がある。

季節は初冬。曇り空だが蒸し暑い。東京との気温差は、およそ10℃くらいか。
初夏の東京と稚内の差に近い気がした。

東南アジアの片隅で、日本語と日本円が通じてパスポートの要らない島。
そんな雰囲気だ。

石垣の市街地は狭く、市役所周辺にはコンクリート造りの建物も多いが、
そういうところも含めて。

南国の激しい気象条件にも、コンクリなら強いもんな。

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2007.09.11

事象・観察者

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気に入らないコトなど毎日のようにあるが、
やっぱり世の中は見ていて飽きないし、その意味において楽しい

果たして今後の人生の中で、どこまで見ていけるのだろうか

せめていろいろな方向を、いろいろな波長で観察していきたい
アンテナは高く視野は広く、かつ、より微に入り細を穿って

時には他人の感覚を借りてでも、その事象の背後まで知りたい

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 しばらくトップに置いておくので、お気軽にどうぞ。
 なお、各方面で異なる名前を使っていたりしますが
 ここでは「y」というコトでお願いします。

 ご利用は計画的に。

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2007.09.10

ヒトビトが編み上げた網目の中で

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全世界に監視されているようで
全世界が味方じゃないようで
身近なはずの人も遠くに感じられ
むしろまるで別世界の住民のようで
仲良くしたいのにできなくて
仲良くしたくない人は馴れ馴れしくて
あらゆる言葉は曲解されるし
何を聞いても信じられない

ヒトの持つ狡賢さが
鋭く前面に出てきてしまって
そうじゃない部分は言葉で伝えても態度で示しても
なにもかもが良くない方向に受け取られて
時間は早く激しく流れてしまうから
じっくり理解し合う暇さえない

そしてヒトはグローバルに
孤独を味わうしかなくなって
行き場も落ち着き先もなくただ不安のみを友に生きる
100億人の小さなムラ

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2007.09.09

理系用語で読み解く社会(8) 社会化学

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混ざり込んでしまったモノを再び分けるには、どうすればいい?

たとえば微妙な性質の違いを利用して、温度を上げたり下げたり
圧力を高めたり低めたりしてみる、という手があるだろう。
そうすれば、溶け出したり凝結したり蒸発したりして、
きっと自然に分かれてくれるよ。

ヒトの世の中でも同じコトだろう。

仮に経済を断熱膨張させれば、こうだ。

気体中の水分は何かの核を中心に凝集し、
その水滴がさらに水分を呼び込んで大きくなり、
自重で落ちて分離される。

「カネがカネを呼ぶ」
「貧困が貧困を呼ぶ」
どちらに読み替えていただいても構わない。

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2007.09.08

histeric game

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ヒトの「器」って
大きい方が良いとされるモノではあるが
中空で大きさが可変の容れ物というのは
どうしても中身の圧力と外の圧力の差で
変わってしまうものだよね

それぞれの中身の体積だの
圧力に対する弾力だの
容れ物自体の許容量だの
そんないろいろなファクターがあって

世の中で押し合いへし合いする容れ物たち

仮に中身が同じだとして
外の圧力が強まったとしたら
そりゃ当然、器も小さくなる道理

外側の大きな枠が狭くなれば、
あるいは枠の中にある小さな容れ物たちの数が増えれば
一つ一つの器など、どうしたって小さくならざるを得ない

外からの圧力と中身の圧力は均衡を求めるのが自然の摂理

どちらの圧力も増し続けているから
それに耐えられなくなった容れ物は破れたり潰れたり
とんでもない形になって千切れてしまったりして
被害者だけが増え続けている

誰だって被害者になるなんてまっぴらだ
狭くなるばかりの世の中の枠の中で
兎にも角にも自分の領分だけは確保維持していこうと躍起になって
周囲からの圧力以上の力を以て押し返している

そうやって急速にハリネズミ化する社会
警戒心のみが突出して強くなっていく

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2007.09.07

行き詰まる行き止まりで息を詰める

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時代がいくら変わろうとも
ヒトはいつも今の生活に不満を抱き、
より良い暮らしを望みつつも
その具体的な姿を描けないでばかりいる

時代が変わると世の中の構造が変わり、
「上へ」の望みが叶えられる可能性は相対的に
より小さく困難な道となり、
多くの人々は失望に沈むようになる

そして投げ遣りな厭世観が世に充つる
人々は何か大きな変革を――ただし外的要因に――
求めるコトばかりを考える
「取り払って欲しい。この狭苦しい世間という枠を」

とはいえ世救いだの世直しだの、
そうそう求めた通りに生じるコトなどなく
ただ人々は無気力に日々を過ごし
さらに一層の不満と失望を募らせるばかりである

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2007.09.06

全、然問答になってない

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q なんでこんなもん書いてるの?
y なんとなく

q 狙いは?
y あえて挙げるとすれば顔しか知らない人にも自己紹介できるというくらいですか

q 動機は自己満足?
y 広い意味ではそうかもしれません

q こんなに毎日続くなんて
y どうせすぐ飽きるでしょ

q 仕事は遅いのにね
y 実はヒマな時に書きためてあるのを小出しにしてます

q これだけ書いてる時間があるなら仕事しろよ
y これは趣味の一環ですので……

q 文体が日によって違うよ?
y にんげんですもの

q 一人称ないよ?
y 必要に応じて適宜補ってお読み下さい

q 写真は下手だし文章も読むに耐えない。というか中身がない
y たかがブログなので見ないようにしていただくしか

q どっかで聞いたような話を書いてない?
y ひょっとしたら無意識にパクってるかもしれないので読み流してください

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2007.09.05

出張旅行記(8) 稚ん内だろうな~?

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ヒトの手が入っていない土地など、日本には珍しい。
その希少な土地を見る機会があったのは道北出張だった。

護岸工事も水路付け替えも行われた形跡のない完全な天然河川や、
開墾の手が届いていないとしか思えない原生林など、もう他では見られまい。

稚内空港から目的地へのドライブの途中、助手席の同行者に聞いた。
「あの岬、一向に近づく様子がないんだが、どのくらい先にある」?

たしかそのとき、岬はナビの画面に出ておらず、
スクロールしたか縮小したかして表示させたと記憶している。

せいぜい1~2kmだと思っていたそれは、まだ4~5kmも向こうにあった。
周囲に人工物が全く見えないので比較対象がなく、目測が狂ったのだ。

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目測が狂ったといえば、有楽町の某逆さ船型建造物の中は異常な空間に思えた。
東京駅側の入り口からエスカレーターで下りた直後、視界が歪んだ気がした。

原因は壁にあったようだ。

向かって左側には金属質の壁が迫っているが、凹凸があって音が拡散される。
右側は開けたホールになっていて、音が発散する。

この違いが、方向感覚のうち聴覚を頼りにした部分を狂わせ、
視覚や三半規管に依存する部分は正常なままだから、眩暈を起こしたのだ。

感覚が狂わされるのは愉快なコトじゃないが、
音でも方向感覚を得ていると分かったのは新しい発見でもある。

こんな体験も、たまには良かろう。

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2007.09.04

理系用語で読み解く社会(7) 社会の観測窓

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シャッター速度の時間軸、
焦点距離と被写体距離と、絞りによる被写界深度の空間的スケール、
さらに視点のポジションやアングル。

より広く深く多彩な手段で観測・分析したい。
フィルターをかけてみたりして、別のスペクトルでも見てみる。
ここからの視界は必ずしも良いとは言えないが。

だから目だけでなく、いろいろな手段で見る。
視覚にばかり頼らなければ、いろいろな方向から
いろいろな形で情報が伝わってくる。

そういう情報は途中で曲がったり歪んだり偏光したり
波長がズレたりしているが、慣れてくると補償回路ができてきて
まあなんとなく見えた気にはなってくる。

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2007.09.03

一軸の勘定

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テストの点数、偏差値、それから学歴。社会人になれば年収。
スポーツマンなら各種の成績。企業にとっては売上高、利益、株価、配当。

一次元の数字に換算して表してしまえば、何でも簡単に比較できる。
だから安易に使われる。正直な感想としては安易すぎて辟易してる。

軸が一つしかないと、勝った負けたが誰にでも明確に分かるんだけど
それに囚われて、他の部分でも評価できるコトさえ見失ってしまう。

グラフの棒の先は、どこまでも伸びるはずがない。
ヒトもヒト集団も有限の存在なのだから、どっかにリミットがある。

そしてそこから先は、もう何もない。
車止めの向こうに道はない。

道なき道なら、どこまでも行けるのにね。
ただし道に迷って野垂れ死ぬのも簡単なんだけど。

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2007.09.02

so we can not handle "pressure"

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大企業が効率化を進めたおかげで余裕がなくなって、
かつての中小企業のように自転車操業をしているように思う。

効率化の中には、平常時に役に立たない部分、
つまりマージンを減らしてやるという面もある。

だから異常時には、たとえば災害などの障害に対しては
そのマージンのなさが災いして脆さを露呈してしまう。

グローバル経済の中では、一国を代表するような企業でも
数多くの企業の中に埋没して中小企業のようになってしまうのか。

焼け跡の中から日本経済を立ち上げてきて頑張った人たちは
数多くの大企業が育った今になっても頑張り続けねばならんのか。

競争相手に負けないよう互いに圧力を掛け合っていて、
ついでに自らの内圧も高まって、ちょっと躓くだけでパーンとなる。

ヒトの社会全体、こんな状態に陥りつつあるのではないかとも思う。
自治体や国家だって破綻する時代だ。世界中みんな余裕がない。

そのうち、世界もパンクしてしまいそうだね。
さて、コップの水を溢れさせる最後の一滴は、誰が注ぐのかな。

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2007.09.01

手取り揚足取り

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ヒトが増えて情報が増えて、どこもかしこも誰かが歩いたコトのある道となっているようだ。

高度経済成長時代の若者には、「線路に乗ってる感」があったという話をしていた人がいる。
何をやろうが、行き着く先は高校を出て大学を出て会社勤めのサラリーマンだ、と。

その後には「マニュアル人間」なんてのがいた。何にでもマニュアルがあった。
「○○完全マニュアル」など、ずいぶん売れたらしい。抜け道の地図は住宅街の中の狭い道を渋滞させやがった。

今はケータイでナビだ。どの交通機関に何時何分、歩いて何分、なんて案内サービスもある。
コイツは、誰もが自分勝手に動けるように思わせるあたりが現代的なのであろう。

でも、どんな形で選択したとしたって、結果は本人に降りかかってくる。
たいてい免責条項が微細な文字で示されていて、自己責任だと主張してる。

だったら最初から他人の情報をアテにしないで道を決めた方がいいような気がするんだけどなあ。

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