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2007.10.12

理系用語で読み解く社会(10) 脳内仮想社会

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画角やら被写界深度やらアングルやらを様々に変化させて
世界という実像から無数の切片を作り出して取り込み、
他人の目を借りて得られた知見を補足情報として付け加え、
かくて脳内に世界の虚像を作り上げて勝手に弄り回す。
それで現実との違いが見つかれば脳内で修正してやる。

言葉は目の前の友に向けて発せられているのだけれども、
実はその言葉は既に脳内の虚像の世界に住む虚像の友に対して
あらかじめシミュレートしてプルーフされたものであるから、
その反応もまた想定から大きく外れるコトもない。
(あるいは、もし想定から外れれば虚像の友を書き換えるのだ)

ありきたりな言い方になってしまうが、
学ぶコトって、知識を詰め込むコトじゃないんだよね。
たとえば蓄積した知識から法則性を見出したり、
あるいはそのための考え方の道筋を切り開いたりするのだ。
だから出てくるのは、どしてもほんのちょっとばかり。

さらにそこで得られた何かを元にして
外に出していこうとするなら、
もっともっとわずかな量しか出てこない。

古代において最上級の乳製品とされた「醍醐」は
いくつもの工程を経て、多量の生乳からごくわずかだけ
作れるものだと聞いたコトがある。

さっさとオチをつけるとすれば、
そういうのを脳内から絞り出すのが
アタマを使う醍醐味ってワケだ。

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