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2007/10/26

半生紀(5) 副リ甦生

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大学に入ると、クラスの中で、自然に群れができてくる。
どうしたものか1カ月もすると、まさに自己組織化が進み、
いくつかの有機的なヒト集団が作られているのだから面白い。

そういう集団を引っ張っていくには、行動力だけでない何かが必要だ。
しかも重力を持ち回転運動力を持って、惹きつけた相手を振り回すだけの
モーメントがなければ求心力と遠心力をバランスさせ得ない。

それを理解していたかいなかったか分からないが、いろいろ不足していたのは
事実だから、その何かを持っている人物を中心に集まった中で
幅広い知識や独自の発想を役立てるコトが主な活動となっていた。

結局、やはり長老的な、というより参謀的な位置付けだったワケだ。
決してリーダー格というワケではないのだな。
だけど単に引っ張られるのでなく、リーダーに助言する立場でもあった。

一方で、単独行動の自由さにも気付いたのが、この時期だった。
幸いにして都心から遠くない大学に受かったので、下宿ではなく
自宅からの通学を選択したが、これが中高よりさらに遠かった。

ドアツードアで片道2時間半くらいの通学コースを、よくも通ったものだ。
このくらいの距離になると、もはや地元の友人など皆無に等しい。
まして大学は時間がバラバラ。長い通学時間のほとんどが単独行動となる。

おかげで読書は捗った。行きと帰りで1冊ずつ、なんてコトもあった。
高校時代からの雑記帳もまた、捗ったものである。
そして、さらに飽き足らず通学途中で自律的に動き出す。

新宿で乗り換えるルートだったので、大きな書店や家電店などを回れば
いくら時間があっても足りないくらい。もちろん飽きるコトもなかった。
で、気付けばカネも足りなくなるようになった。

一人暮らしではないから金遣いが荒い。
カネを使いすぎれば昼食に困る。飲み会にも困る。
そうやって、自己責任を知りはじめた。

3~4年の頃にになると、学外サークルに出入りするコトも多かった。

生命倫理学を研究する学生・院生の、学会公認サークルだった。
勉強が苦手なくせに、よく選んだものだと我ながらにして思う。
まあ単純に面白そうだからという理由だったのだろう。今でもたまにやる。

ちなみに倫理というものは、「社会秩序などに反さない限りにおいて自らの
幸福を求めてよい」というような原則だと、非論理的な直感で理解している。
でもって、しばしば問題となるのは、その制限条項に関してである。

だが、やもすると若い学生たちは考えの露頭に迷う。各論に踏み込みすぎるのだ。
そのたびに原点に戻って考え直す。「幸福って、なんだっけ?」
この繰り返しが、一人でなかったから捗ったし、袋小路から抜け出すのも容易だった。

思考能力というのは、さまざまなモノゴトを考えれば考えるほど
(ただし完全に同じルートを辿るのでなく少しずつ異なった道筋で)、
鍛えられるのだと実感している。

そうするウチに、一人でしっかり意識して論理的に考えを進めるための
基礎ができてきたのではないかと思う。大学の4年間は勉強などできなかったが、
独自の道に生きるヒントを得て、生まれ変わっていったような感すらある。

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