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2007/10/07

小説よりも、生形の事実

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ここ1~2カ月の間、いろいろと人間関係について勉強する機会を得た。
ときにはドラマのような展開が眼前に繰り広げられたり、あるいは
自ら加わったりと、なかなかに高密度な体験をさせていただいた。

より謎が深まったトコロもあるが、確信が強まったコトも多い。
今回は、そうした経験を通じて得られた数多くの教訓の中から、
心理的優位性と長老的性格と演技者的心境について軽く説明しよう。

心理的優位性があれば高度な心理作戦を実行できるという認識を強めたが、
それは優位な状態を維持していればこそ、であるからして、
優位な状態を保てないような強い感情を持てば、その先に自信は持てない。

そこで、いつの間にか身に付いた長老的性格が大いに役立つのだと思える。
過去の自らの心の動きを踏まえて相手の心の動きを先取りするにも役立つし、
常に未知なるコトが存在しうるという経験則は感情の激発を抑制する。

こうした立ち居振る舞いは、頼ってくれる相手に安心感を与えられるもの
として、これまでも有効に役立ててきたつもりだ。
が、自らが安心できない状態に陥ると、これが意外なほどに脆いのだな。

今回は、そんな状態から戻るのに手助けをしてもらった。
かつてこちらから(それこそ心理的優位に立って)支えたつもりの相手に。
なるほど、これがギブアンドテイクか。いや「背負うた子に道を教えられ」、かね。

そして、なんといっても今回は「身近な読者」に元気づけられたと実感した。
当事者の1人となった時点で長老的立場は失われてしまいがちなのだが、
その中でも心理的優位性を保ちつつ行動するのに大きく役立った。

「知らぬフリ」を例にすれば、正直に嘘を吐く(相手はもちろん自分に対しても)ために、
いや正しくは「当初の意識に対して嘘となるようなコトをその場においては
正直に言う」ためには、自ら気持ちを変えていかねばならない。これが難しい。

そこに周囲の応援があると、非常に力強くなった感じがする。
結果的には、いささかノリすぎて「策士策に溺れる」的な不始末をしでかしたが、
途中の過程では意識の方向付けを後押ししてもらった。

今回、当事者としては、どうみても失敗の方が多かった。
いろいろな反省点が思い浮かぶ。だけど、それでもなお身内として
認めてくれているのだから、次はせいぜい気をつけてやってみるさ。

きっと、次は次で、また違った課題に直面することだろう。
「続編なら、見られるよ」なんて台詞を、どこかで読んだっけな。
なにせ、このドラマは生きてる限り続くのだからね。延々と。

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