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2007.10.05

目借りす

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見通しの悪い丁字路があったとしよう。

縦棒の下の辺から入り込む際に、
横棒のラインを歩いている人が見えれば、
その動きに注目する。

こちらより先に交差点を抜けようとするその人が
進行方向をしっかり見据えつつも
速度を落としたり進路を変更することなく歩くのであれば
その時点の交差点には障害になる他のトラフィックがない
と推測できる。視点を借りるというワケだ。

一個人の視点など、たかが知れている。
どうせ一生など短く儚いモノでしかない。漢字を分解するまでもなく。
この小さな背丈から見える地平は狭い。
歩き回って見聞を広めようにも井の中の蛙の如し。

ならば借りられそうな視点があれば、
どんどん借りて見てみるといい。

少なくともヒトであるという点は共通してるはず。
ヒトの中の人もいろいろあってずいぶんと違うんだが、
ヒトである以上、些細な差異と言えなくもない。

どうせ、いろいろな視点を借りているウチに
ヒトの誤差範囲も漠然と見えてくるもんだし、
その違いが誤差としてあり得るという前提で認識すれば、
少なくとも誤解を正解と信じてしまう危険は避けられる。

ときたま、どこに立ってるのか分からなくて
視点を借りようにも捉え処のない相手がいたりするけど、
いろいろなヒトの立ち位置から見ていくウチに
そいつの根っこの向かう先が見えてきたりする。

そう意識してヒトと対話するようになって何年経ったか。
気付けばヒトの集合体の足許にあるらしい知覚外の地殻内構造が、
おぼろげに見えてきたようにも思える。

もしもし、そこの澄んだ目をした背の高いお方、
その視線の先には、何が見えますか?

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