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2007/12/25

たまには時事ネタ(2) ヒトを憎めば罪は憎からず

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いささかキワドい時事ネタではあるが、ちょっと書いてみるコトにした。
「あんな人に銃を持たせるなんて」
「事件は防げなかったのか」
「言動が不審で……」
ある事件に関連した周囲の発言をニュースで見て、ふと思った。

あんなふうに思われている人は、おそらく日本中探せば非常にたくさん
いるけれど、その大半は事件を起こしていないのではないかと。
まあ詳細を知らぬまま各論に踏み込んでしまうのは難なので、
その愚を避けて総論というか日本の社会における構造的な問題に
ついてのみ見ていきたい。

端的に言うと、根幹には、地域コミュニケーションの欠如が伺える。
遡ってみれば、まず家族は「その人」の行動を把握できるのか。
また、その家族に対して周囲の人たちから警告を発するコトができるのか。
伝える機会があるかどうか、またそれ以前に付き合いがあるかどうか。
もっとも、都会なら「隣は何する人ぞ」で終わってしまうワケだが。

しばしば、相手を詳しく知らぬままに当てずっぽうで思ったコトが
たまたま当たって「ほれ見たコトか」となっているのではないか。
知らないコトは怖いコト。ヒトが持つ本能的な恐怖心というのは、
得てして未知なる存在に対して生じるものだから。
知ろうとする努力をせずとも許される社会が、より多くの未知なる恐怖の存在を作る。

そもそもヒトってのは社会性動物なのだから、
社会から隔絶された状態で生活するのは多くの点で不利な面があるものだ。
だのに今の社会ってのは個人を隔離してしまう傾向が強くて、どうにも頂けない。
ヒトをその本能に近い部分の欲求から遠ざけているに違いないと思うのだ。
そりゃ不自然だわさ。ヒトビトの目にも他人の言動の不自然さが映るってもんで。

そういう意見は常にある。たまたま最近読んだ本にも、こんなことが書かれていた。
「確かに戦前の田舎には、隣近所が共同で連帯して、子供を育てる習わしがあった。
(略)それだから私は、一人前の男子になれたと、地域社会に感謝している」
(「先任将校 軍艦名取短艇隊帰投せり」松永市郎/光人社NF文
庫)
そういう習わしのない社会に育ったコドモたちは、どうなるだろうか。

構造的に大きく変わりつつある日本。いや世界中そうなのかもしれないが。
地域社会が崩壊していく中では、規律を厳しくして対処する以外には
本当に対処の仕様がないのであろうか。臭いモノに臭い蓋をしてるだけだろう。
規律を担う警察なども、法令運用バランスが狂ってしまう危険を常に持っている。
狂いというのは時代からの乖離で、官僚組織ほどズレが大きい傾向があるのだ。

警察の中の人に親しい知り合いはいないけど、頑張っているコトは想像できる。
だけど個々人が頑張ったところで、時代に合わせて組織を変革していかねば
その頑張りが空転してしまうどころか、本来とは違う目標にひっかかって
空転していたエネルギーがそこに集中してしまうと、むしろ大きな被害を招く。
各人の努力を無駄にせぬためには、そのための組織構造がなければならない。

もう一つ。資本主義的な考えに立脚した報道機関というのも、また危険だ。
警察と報道とが世論を誘導して、結果として非常に厳しい判決が作り上げられる
なんてケースも、おそらく枚挙に暇がない。法曹界とてヒトの集団だからね。
実際、ほとんどの事件では、多くの報道が個人の罪の追求に終始していて、
その背景にある社会的な歪みに目を向けてもいないとしか思えない。

まるでコントラストを上げすぎた写真のように不自然な印象だ。
「特に週刊誌。なんであんなに不安を掻き立てるような見出しばかりなのか」
「煽らないと売れないぞって、デスクが駆り立てているのだろう」
そんな会話を、仕事仲間としたコトがある。彼らも必死であるはずなのだ。
まして沈滞した気分の漂う昨今、刺激的な話題で売らねば彼らも食えまい。

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まだ今は、何の解決策も提示できないのであるが、とはいえ問題意識を忘れて
表面的にナアナアにしてしまうのは、由々しき問題だと思っている。
せめてその問題意識は、常に持ち続けて発展させていきたいものだ。
あと、個人的には地域社会に溶け込む努力などもせねばならんかなあ。
中年の男鰥夫の一人暮らしなんて、周囲には怪しまれやすいもんな。

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