« 理系用語で読み解く社会(12) そう、御関係 | トップページ | 半生紀・補遺 父親がわりぃ »

2007/12/02

或る晩から想うコト

20071202_epsn4976s


大学時代、かなり年上の院生から、
「昔の学生のような雰囲気だ」と指摘されたコトがある。
どうも考え方などは昭和40年代頃の学生に近いらしい。
そういえば、バンカラだと言われたコトもあったっけな。

久し振りに大学時代の恩師と話をして、それを思い出した。

曰く、「昭和40年代以降に生まれた世代は
ノーという選択肢もなく育った不幸な世代」だと。
たしかに、恩師たちの世代は大学紛争などを通じて
社会に対する意思表示をしていた。

世の中に対してノーと言ったりイエスと言えた。
あるいは上と戦うコトができた、とも言えるか。
しかしまた、恩師たちはイエスにしろノーにしろ、
自らの発言について、それなりの責任は負った。

「そのときにノーともイエスとも言わなかった人たち、
つまり明確な選択肢を持たないで社会に出た人たちが、
今の日本を動かしている。良くも悪くも、そうなった」
まあ、世の中というのは、そういうモノなのだろう。

しかし、その結果として今の日本がある。
官僚機構の中枢ほとんどがナアナアの付き合いで動くようになり、
外交政策イエスにしろノーにしろ何の強い主張もできぬままだし、
真の意味で思い切った抜本的な内政改革も実施できずにいる。

恩師は、そういうトコロに、たとえ1%でもいいから
非官僚的発想のできる人材を送り込んでいきたいという。
「私学の役割ってのは、そういうものだろ?
ついては、君にも、ぜひお願いしたいコトがある」

教員になって、もっと若い世代を育ててくれというのだ。
大学の附属高校になら紹介できるアテがある、とまで。

まあ確かに、教職の道もあると考え、教職課程も一通り履修した。
(ただし卒業直前まで単位修得ギリギリだったので教員免状は申請していない)
それに、ちょっとばかり激しい人生経験を積んだのは事実らしいから、
それなりに若い世代へ伝えられるコトもあるのかもしれないが……。

ここで即答しかねたのは、臆病ゆえか?
教壇に立った経験は教育実習のみ。
当然ながら実務経験などない。
その意味では、自信はない。

そもそも会社員生活さえ長続きしなかったのだから、
教員生活など、もっと難しいものだろう。
まあ今回は、「それを乗り越えてでも社会的責任を果たせ」
というメッセージなのだとも思うけれども。

それに、もう少しは今の道を続けてみたいという気持ちも、ある。
まだ、できるコトがあるはずだ。この立場であっても。
そういう意味では、恩師の期待するのとは少し違う姿でも
同じような効果を期待できるかもしれない。

いろいろと考えた挙句、
結局は役に立ちそうな結論も出せないまま
「何年かの間に考えさせてもらいたい」などと
ひどく曖昧な返事をしてしまった。

参ったね。イエスともノーとも言えなかったじゃないか。

|

« 理系用語で読み解く社会(12) そう、御関係 | トップページ | 半生紀・補遺 父親がわりぃ »