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2008/01/16

半生紀(14) その根底にあるのは複雑なコンプレックス

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どうも幼い頃から劣等感が強かったように思う。

例えば、もともと小柄で運動能力が低い上に、
少し年の離れた兄たちがいたりするもんだから、
喧嘩はもちろん口喧嘩でも勝てるものではなかった。

姿カタチも、特に可愛げがあったり格好良かったり
というコトはなく、どちらかというと地味だった。
声だって、贔屓目に見ても美声というには程遠い。

勉強は、義務教育時代には随分できた方だったが
それは単に大量の本を読んでいたからであって、
高校あたりからは中の上程度でしかなくなった。

まあ要するに何の取り柄もないというワケだ。

そんな感じで、何か勝負をして完璧に勝てる
などという自信を持つコトは全くないまま
成人して社会に出て働いたりしてきた。

会社に入っても、少数の同輩後輩を除いては
やはりベテラン揃いに感じられたものである。
そんな職場から、何度となく追い出されたので余計に。

ほとんど常に勝てない側の立場だったから、
それゆえ強く本能的に反発して周囲と衝突した
というケースも少なくない(いやむしろ多かったかも)。

ある意味で、ヤケになっていたのかもしれない。

しかし、自分が最低だとは思うコトはなかった。
(もちろん最強だなどとは夢にも思えないが)
むしろデキの悪い割には救われているとさえ感じる。

以前にも書いたが、高校生の頃あたりからは
周囲に後輩が集まってくるようになっていた。
「面白い先輩だ」と思われたか、割と自然に。

大学に入っても同様だったし、社会に出てからも
やはり後輩たちに、けっこう頼られたりしている。
その理由の一つには、強い劣等感があるのだと思う。

論拠は、2点ほど挙げられるだろう。

まずは、後輩たちには厳しくできないという感覚がある。
上下関係を押しつけたりしても、どうせ恨まれるだけだ。
他の先輩が厳しくしたりしてるから、余計に。

それからもう一つ。こんな考えが常にある。
「彼らの方が優れている部分も少なくない」
その点を、半ば無意識のうちに尊重しているらしい。

劣等感が強すぎるのも困りモノではあるのだが、
自信や利己心が過剰な存在は、特に周囲が困る。
そんなの、飽きるほど見てきたから、もういいよ。

だから劣等感を持つ相手に厳しくするコトはできない。

「良くも悪くもヒトは環境が育てるものらしい」
いろいろ紆余曲折を経てきた人生の中で、
そんな考えを持つようになってきた。

自信過剰な人が失敗して痛い目を見たときには、
そりゃ少しは「ざまあみろ」と思ったりもするけれど、
「良い経験になったのではないか」とも思うのだ。

今まで失敗する経験ができなかったのだから、
そのコトが、むしろ不幸だったと言えるはず。
哀れに思う気持ちが強く、嘲笑するコトはできない。

劣等感を裏返さず複雑に積み上げた、というトコロかね。

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