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2008.01.14

たまには時事ネタ(5) 二代目の法則

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団塊ジュニア世代を中心とした非正規雇用の人たちについて、
ワーキングプア支援団体の人がコメントしているのを、どこかで読んだ。
大意、団塊世代などとは置かれた社会環境が違う不幸な世代だという。
いろいろと思い当たるフシは多い。
勿論、環境だけが悪いなどというつもりではない。
その環境はヒトが作ったものなのだから、ヒトの所為でもあろう。
「神のものは神に、ヒトのものはヒトに」というトコロだな。

団塊ジュニア世代の多くは就職氷河期に巻き込まれた世代でもある。
フリーターだったり派遣だったりの非正規雇用という比率も高いし、
ニートだの引き籠もりだのパラサイトだのと言われるのも、この世代に多い。
ただでさえ今後の日本経済は成長が見込めるかどうか怪しく、
だから企業は「手軽に使い捨てられる」非正規雇用で乗り切ろうと必死。
会社員としてスキルを取得するようなチャンスもないまま
その皺寄せを受けているのが団塊ジュニア世代だという。

一方、彼らの親たち、すなわち団塊世代の多くは、
自らの将来に希望を持てたから、頑張る気力があった。
安保問題などで日本の将来に懸念を抱いたりもしたと思うが、
実際、経済的には高度成長が続く中で社会人として生きられた。
それなりに蓄えがあるし健康だから、年金不安や社会情勢不安などはあるものの
当面は安定して生きられる見通しがあるし、そういう基礎を築いた自負もある。
が、それと同じコトを子供たちの世代がなぜできないのか、理解できない。

そんな団塊世代が作った環境が、団塊ジュニア世代に影響を及ぼした。
団塊世代が悪いとは言わない。否、言えない。
なぜなら団塊世代もまたその前の世代が作った環境によって育ち、
社会に出て活動した結果として、この環境を作り出していったのだから。
長期的不利益より短期的な利益を重視するというヒトの特性もある。
団塊世代の頃は彼らが主人公となり得る場が整っていたもんだから、
たまたまそれが強く社会全体を覆ったのではないか。

団塊世代は戦後日本と共に育った、いわば初代。
彼らの意識無意識が、日本の社会を方向付けたと言えるだろう。
しかも様々な周辺事情があって、彼らの行く先には断続的な追い風が吹いた。
短期的利益を考えれば、追い風に乗って走り続けようとするのは当然。
そして追い風が途絶えたのは、たまたま彼らが息切れした頃であった。
長期的不利益を見落としていたコトに、ようやく気付かされた。
二代目となる団塊ジュニア世代に残すべき大事な何かを忘れていたのだと。

それに関連して、こんなコトを書いている人がいるのを思い出した。
「こどもの成績を良くしようと思ったら、塾に通わせることより親が貧乏するほうが良いようだ」
(「中島飛行機物語 ある航空技師の記録」前川正男/光人社NF文庫)
大正生まれの著者は、学費に困る親のために猛勉強をして特待生となったそうだ。
しかし、単に勉強をしただけでは身に付かぬような、物事に対する観察力や文章の構成力
なども持ち合わせているから、もともとの素質も良かったと見受けられる。
とはいえやはり、学費についての悩みが頑張る直接のきっかけとなった。

振り返ってみれば、団塊ジュニア世代あたりが育った時代には「総中流」で、
耐えきれないほどカネに関して悩むコトなど皆無に等しかったのが普通の家庭だった。
「子孫に美田を残さず」とは、まさにこのことか。
ジュニアのさらに次の世代にはワーキングプアの家庭に育つ子もいるだろうけど、
でも彼らがハングリーになって勉学に励むかどうかは、正直に言って期待薄だ。
頑張っても報われるかどうか、希望を持てない今の社会のままであるならば。
そりゃもう、「三代目は家を潰す」ってワケで。

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