« たまには時事ネタ(13) 誰も皆、行きたがるが、遙かに近い(thay say it was in japan) | トップページ | 科学系ヨタ話(6)  exoteric japan »

2008/03/17

理系用語で読み解く社会(21) 「力」学の初歩

20080317_20080101434s


洞察力だとか判断力、思考能力といった「力」が足りないというのは、
教育の問題が取り沙汰される中で、しばしば聞かれるハナシだ。
いろいろな意味で、生活する「力」に直結するような能力が弱いなんてのは
現在の教育を考える上で大いなる脅威になるといえるのではないだろうか。

たとえば気付く能力は、どのようにして身に付けるコトができるのか。

違いに気付くためには、その基礎として
まず基本的に「何が日常か」「通常とは何か」を
徹底的に認識しておかねばなるまい。つまり観察力。
平素よりモノゴトを実感して把握し、意識しておく努力でもあろう。

同時に、想像力も大事だ。
もちろん、夢想や空想をするための能力のコトではなく、
実際のモノゴトに関する知識を会得して自らの脳内に
ありありと描ける能力のほう。イメージ描画能力というか。

思考を活用する上では、自ら表現できるコトも重要。
ただし表現力に関しては、さしあたって気付く力を
云々する際には大きな役割を果たさない。
それよりも、表現するに足るだけの蓄積を持たねば。

とはいえ、もちろんカタチはカタチで役に立つ。
たとえば小説に描かれているような情景を
自らのコトバで語れるようになりたい、
というような目標は、大いに役立つだろう。

最初はマネでも、常にそれを意識していれば
いずれ身に付いてくるはずだから。
その過程で観察力などの重要性に気付くなど、
発展していく可能性は少なくない。

なんにせよヒトの能力というのは、
いろいろな力が複雑に影響し合って
構成されているのは間違いないだろう。
強い力に弱い力、電磁力に重力、といった具合に。

……うーむ。コレじゃ実践に繋がらない評論だな。
もう少し役に立つコトを考えてみよう。
お手本にしたい人が身近にいれば、それを
日頃から観察して具体的な目標にできる。

しかし、いなければ、何を以て目標とすべきか。
「現代教育の問題点はオトナたちの問題でもある」
とも言えるのではないか。
まあこんなな具合に、現代社会批評に落としてみた。

以下蛇足。
ただし、見本や手本になりそうなオトナになるといっても
全身これ聖人君子、なんてのはあり得ないハナシだ。
だから、現実的には一部分だけでいい。
「これはすごい」「こういうふうになれたらすごい」と
思われるような特徴を身に付けてほしいな。

また、一応はオトナたちの弁護もしておこう。
グローバル化のせいか、比較対象が増えすぎたのも問題なのだ。
だから「日本じゃあ二番目だ」なんて程度では、
世界だとちっぽけな存在に見られてしまう。
となれば、子供たちからみれば「大したコトない」、
すなわち目標にならないワケで。

むしろ、ちょっと適当に言ってしまえば
それが気付かぬウチに全世界へ広まってしまったり
思わぬトコロから批判を浴びたりと
なかなか迂闊なコトができないってのもまた
オトナたちを萎縮させてしまったりするのかも。
やれやれである。いろいろと。

|

« たまには時事ネタ(13) 誰も皆、行きたがるが、遙かに近い(thay say it was in japan) | トップページ | 科学系ヨタ話(6)  exoteric japan »