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2008/03/12

ひっくり返してみてみてみると

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自分or自分たちが、自らの行動について、消極的に
やらないorできないという理由を見付けるのは簡単なコト。
自発的行動を束縛する本能的な静摩擦と慣性の法則とを追認するのは
思考の中でも抵抗の低い回路を通るようにできている。

だけど、「できたらいいのに」「やってほしいのに」と思っている
他人に対して、その理由で納得させるコトは、たぶんできない。
思考回路の「なじみの道」は、自分の脳内にしかないものだから。
ましてや立場や利害が全く異なる相手では、むしろ正反対だろう。

それとは別に、「なんとかしてほしい」という要望に応えるのは、
なかなかどうしてカンタンなハナシではない。
要求する側の思考回路の中の「なじみの道」を辿らねばならないが、
他人にそれを探られるコトは誰でも本能的に嫌うものである。

客観的に言ってしまえば矛も盾も壊れるってトコロだろうな。
でも、そういう相反する両面を包括して一つの個体であり、そのせいで
何を仕出来すか分からないカオスな面を持っていながら、それでも
そのまま生きられるのがヒト。そういう性質があってこそ、面白い。

しかもそんなワケワカランのが自分自身でもあるなんて、
もう想像するだに興味が尽きないワケで。

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