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2008.04.18

たまには時事ネタ(15.3)もうそういうコトができない困った世の中になるかもしれない件

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「児童ポルノ法改正」議論に関しては、
いろいろ語っている人たちもいるので重複する点も多いとは思うが、
やはり思うトコロはあるので、少しばかり書いておきたい。

いろいろと、どこかで引っ掛かっているのだ。
「なんか変だよそれ」という感覚は、ある。
そして経験上、それはおおむね理屈づけられる。

簡単に言うと、見苦しいだとか汚らわしいだとか、
そういう主観的な理由だけで他人の楽しみを奪うコトは
そうそう実現できないものだし、そんなコトを法律化するなんて
よほどの効果があるという論拠でもなければ避けるべきだと考えている。
つまり、「ダメ、ゼッタイ。」

まあしかし、まさかそんな低レベルな根拠などではないと思うので、
もう少し突っ込んだ考えをしてみた。
しかし、いろいろなトコロにハナシが広がってしまう。
(だから対象そのものも、
ツッコミどころが多すぎるんじゃないかと邪推したくもなる)
まあそれはそれとして。
手当たり次第、可能な限りで真剣に論じてみよう。

まず論拠が気になる。
特に、写真はともかく、絵にまで対象を広げるのは何故なのか。
被写体が現実に存在する実写とは違い、
フィクションである絵の中の対象を確実に判定できるのか。
もとより疑いの目で見ていれば、ほぼ確実にクロ判定になる。
極論すれば、罰則を規定した時点で「見るまでもなく全部クロ」。
摘発が容易なら大量の逮捕者を出すだろうし、
そうでなくても、対象になりそうな人たちは身の危険を感じて
隠匿するだけのことだろう。なに、手段はいっぱいある。
あえて割れた窓を作るコトの愚は、もう書いたから省略。

では本当に、漫画など創作物から影響を受けているのかどうか。
しばしば言われるコトだが、「容疑者の自宅から押収された
大量のゲームや漫画本の中には、事件によく似た描写の作品が」
とかいうケース。
大量のコレクションを蓄えているのであれば、そりゃあいろいろな
内容のモノが混在しているだろうよ。
中には一つや二つ、似たモノがあっても、偶然でないとは言い切れない。
ヒトの考えるコトなんて、どうしたって似てきたりするもんだからな。
だが報道されると、それが必然の帰結であったかのように伝わってしまう。
情報の受け手側が、そう信じたいから。
それが、犯人捜しを求めるヒトビトにとっての「粘性の低い思考ルート」だから。

見る方も、単純な娯楽の延長線上として捉えているコトが多いはず。
なにせソレは、かなりの産業になってるらしいのだから、
つまり産業を支えるだけの市場があるコトは間違いない。
しかもその大半は「一見、普通の人」として
社会に溶け込んで生活しているとしか思えない。

もちろん、本当に影響を受けたケースも、中にはあるのだろうとは思う。
しかし娯楽コンテンツごときに影響されるってコトは、
「影響されるくらいしか蓄積がなかったから」というのとほぼ同義ではないか?
そんなに蓄積のない若者たちを世の中に送り出してしまう大人たちというのは、
果たして胸を張って規制を主張していられる存在なのだろうか。
不祥事を起こした会社や官公庁みたいに、こう言うべきではないか。
「事実を真摯に受け止め、反省して、対応策を練る」と。
(それとも、アンタまさか日本のオトナじゃないのか?)

たしかに、中には勘違いしてしまう人もいるだろうけど、
その人の暴走を防ぐための社会的な人間関係が失われているコトの方が
よほど重大な問題であるように思う。
周囲に危害を及ぼす方向へと人間を大きく変貌させてしまうのは
例えば絶望であったり恐怖であったり怒りであったり、
要するにたいていはネガティブな感情によるのではないかと。
楽しんだ挙句に人間を変えるようなモノゴトであれば、
周囲への影響などは小さいはず。
果たして、そういうのを切り分けるコトは想定しているのだろうか。

もうね、続く。

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