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2008/04/22

今そこにいる危機的なヒトビト

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役に立たない法律は弊害もあるのだから改廃すべきではないかと思うのだが、
日本という国は、作ったら作りっぱなしで放置していたりするような印象だ。
ていうかきっと、作った側は忘れてるか、死んでいるんだろうな。

作るのに参加しなかった連中も、また忘れているんじゃないかな。
法律自体を忘れているか、法そのものも「変えるコトができる」てのを忘れてる。
日本って、そういう国民性があるから困ったもんだ。

でも、変えたいと思う一部の人たちは、それができると知っていて、
強く主張したりした結果、大きく変わっていたりする。
他の人たちがほとんど気付く間もなく。

その変化が、その場に参加していなかった人たちにとっても
良い結果だけをもたらすモノであるならば、まだ許せるのだけれども、
得てして、そこにいる人たちだけが正しいと思い込んでやってくれたりする。

中には、基準を変えるための方便として「科学的根拠がないから平気だ」
なんて言い回しを使うコトがあって、妙に気になるる。
科学的根拠がなかったら現場に聞けばいいじゃないかね?

でも、規制の指針を探るために設けられる会議に集まるのは、
悪く言えば、長年に渡って組織を出ずにいた官僚だったり研究者だったり、
あるいは結果を出した後の絞り滓となった企業経営者など、ばかり。

つまり、今の現場で最前線にいる人間は入っていないのだな。
ちょっと古い経験や調査結果を元にして今後を決めようというのだから、
どうしたって、どっかズレてしまうワケだ。

将来のビジョンありきで夢物語を作ってくれとは言わない。
せめて今この瞬間に生じているモノゴトを見極めてくれ。
ハナシは、それからだ。

過去のモノゴトから現在、そして将来を見極めるには
いろいろな経験や学識はもちろん、想像力が不可欠だろう。
その想像力というのは、見聞きしてこなけりゃ育てられない。

身近にないモノを見ようとしなければ、
象の鼻を蛇と思い込んでしまうような間違いもあり得る。
だから広く見聞してくれと言いたい。

でも、あんまり広く見聞してばかりいると、研究者はともかく
官僚とか結果を出した企業経営者なんかには、どうにもなれそうにない。
だからやっぱり、ちょっと噛み合わないのが普通なのかなあ。

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