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2008/04/11

軽率に継承するコトに対し警鐘を鳴らしてみる

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「生活のリズムは、集団で行動するので、特別の異状が発生しないかぎり、
日課として決めた計画に基づいての教育訓練の繰り返しである。
その間をぬって初年兵の教育と称して常套手段である『ビンタ』が連発される」

「『対抗ビンタ』とは約五分間、初年兵同士が向かい合って殴り合うことを
言うのである。五分間といっても二百発以上という条件があり、しかも
力の入れ方を加減したと見破られた場合は、上官の拳がとんでくる」

「真剣さを欠くと判断された場合には、係の兵長が模範的な『殴打』の手法を
全員の前で披露し、またまた連続して殴り合いをさせ、納得したところで
中止命令を発し、ようやく一つの儀式が終わるのである」

(三井喜二郎「戦う陸軍農耕兵」光人社NF文庫)

旧軍の最末端の人の話を見聞すると、こういう例は枚挙に暇がない。
水木しげる翁なども、「ボーッとしていたからか、よくビンタされた」
といったコトを、かつての従軍日記の中で書いていたっけな。

軍人のビンタとかリンチとかシゴキなどの伝統は、
先輩から後輩に脈々と受け継がれてきたものだろう。
もっと言うならば「先輩にやられたのだから
後輩に引き継ぐのが当然」というような意識があったはず。

それも、コトバにできるほど明確に認識していたのではなく、
どっちかというと深く考えるコトもなく常識化させていた
というか、まあ要するに他の思考ルートを作るに至らず、
良くも悪くも保守的な感じにやってきたのだと思う。

また、当然のコトではないぞと明確に認識していた人がいたとしても、
周囲との軋轢を生じさせないようにするためにも
特に何もせず黙り込んでいた可能性が高い。
ただ「自分はやらないぞ」という程度であったことだろう。

こうした伝統は、おそらくは軍の近代化の過程で
下っ端の集団の中に自然発生的に生じていったものだ。
ただ、そこに上からの指導内容が加りつつ、変化していった。
(当然ながら軍人勅諭などの指導は即座に取り入れられたはず)

戦争指導者たちが、そこに関して責任があったかというと、
当時の状況を考える限り、かなり微妙な問題と言わざるを得ない。
現場の暗部を詳しく知っていたかどうかは人によるだろうし、
知っていても「暗黙の了解」として触れずにいたのではないか。

そもそも報告制度が、そこまでの機能を持ったものであったかどうか。
階級社会の中で報告が上へ上へと伝言ゲームされていく中では
下士官によるリンチで兵が死んだって、数多くの戦死事故死に紛れよう。
(現代の日本企業や官公庁組織の報告制度も、大半がそんなもんだろう)

また、シゴキなどで負傷者や死者、逃亡者が出たくらいでは、
おそらく実害として認められなかったことだろう。
どうせ上層部までの報告はなかったのではないか。
恥を晒すコトを良しとしない日本人にとって、それは「常識的」な対応だ。

もし上層部に届いたとしても、その部隊の恥になるからと黙殺されていた
可能性が非常に高い。同じく「常識的」対応として。しかも善意のための。
地域ごとに置かれていた兵営での問題は、即ち地域の恥でもある。
同じ地域の出身の同僚や上官に遠慮したら、もう黙るしかない。

一方、現場を率いていた下士官たちは、そもそも人的被害を出すほどの
原因が自分たちにあったかどうか、それさえ意識するコトもなかっただろう。
そして、伝統を疑うなどの行為は教えられていなかっただろうから、
脈々と受け継がれてきたシゴキが良くないなどと検討する可能性すら薄い。

総合すると、一部の人間は良くない慣習だと気付きつつも
目立つ実害がないからと黙っていたし、また一部の人間は
気付いても何もできない立場に置かれていただろうし、
さらにまた別の人間たちは、気付く能力や環境がなかった。

結局、そのままダラダラと引き継がれていったのであろう。
何もせず受け継いでいくなら、継承にしたって劣化が著しいのだ。
しかも新たな発展は、いったん向かった方角にのみ加速していき、
終には、どこかで歯止めが利かなくなって破綻への道を突っ走る。

戦争も末期になると、徴兵された中に様々な人物が混じる。
その「悪行」が現代にまで語り継がれたりするのは、
中には、部下を率いるなど考えたコトもなかったような人物が
比較的高度な教育を受けた若者の上官になったりした結果か。

とはいえ最近の日本人も、ようやく「結果に対して責任を持つ」
コトの重要さに気付いてきたようである。その基準に照らせば、
「指導者の能力不足や体制不備などに起因する組織の失敗なのだから、
いずれにせよ当時の指導者は責任を問われるべき」となるだろう。

まあしかし、政局のために鬼の首を挙げるってのも、また困りものだ。
指導者は結果に責任を持つべきだというのも事実だけれども、
だからといって単純に「勝てば官軍」という時代でもないだろう。
過程も大事だというコトを、もう忘れてしまったのか。一兵卒は。

……とか手軽に結論づけてしまう自分自身の慣習も、改めないとな。

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