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2008/04/16

げー! 無能?

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何か事件や事故のたびに気になるのだが、
原因究明というより悪者探しで終わってしまう
ような風潮が強いように思われる。
それで終わりにしてしまうのは思考停止ではないか。

たしかに社会的な安堵を得るためには、
晒し挙げる対象を見つけてしまえばいい。
その効用は理解できる。
が、そればかりでは片手落ちであろう。

何を以て愚かと言うのか。
考えるコトの停止。考え続けるコトの放棄。
また考え続けている状態に対する軽視、蔑視。
それらを愚かと言わずして何を愚かと言うのか。

だから面倒がらずに考え続けてみろよと言いたい。
いや、たぶん、そういうハナシじゃないのだと推測している。
もっと根本的なトコロが違う。
「結論が出たら、その話題は忘れて良い」とか、その程度なのだろう。

でも、本当に、それでいいのかい?

「そうか! 分かった!」で終わりかい?
知れば知るほど、謎は増えたりしないのかい?
その膨大さに圧倒されてしまいそうになってもなお考え続けて、
より一層広い世界を見たいとは思わないのかい?

……

終わったと思っているコトを蒸し返す行為は好まれない、
とは知っている。
ではどうすればいいのだろう。
そのあたり、もっと深く考えてみなければなるまい。

いやもしかすると、
結論など出ない問い掛けなのかもしれない。
それでいてしかし、
探求し続けるコト自体が答えになるのかもしれない。

憂えるべきコトは、世の中に数え切れないくらいある。
それ一つひとつ嘆いていたら、人生すべて悲嘆に費やしても足りまい。
しかも、憂いの原因自体は勝手に消えてくれたりはしない。
せいぜい、きちんと向き合って解決の道筋を探ってやらにゃ、な。

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