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2008/04/12

遮断法人組織論

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悪しき慣習を断とうとする取り組みは、非常に難しい。

組織の場合であれば再構築を行って中の人を大きく入れ替えたり、
全く新しいルールを作って全員にやらせてみたり、
まあ実施だけでも大変だのに、そもそもからして「悪しき」って
ヤツの定義もまた人によって視点によって違ったりするワケで、
そこからきっちり考えていこうとしたら、時間だけ過ぎる。

リーダーが断行したトップダウン改革であったり、
あるいは逆にイデオロギーに充ちた現場や
現場のカリスマからのボトムアップ改善であったり、
さらには外的要因による否応なしの変革など、
要素はいろいろあるが、いずれにせよ強いベクトルが不可欠だ。

戦後、会社や官公庁など、多くの組織が再構築された。
良くも悪くも社会全体に及んだ変革の一環であるから外圧とも言える。
そして、いろいろなトコロで旧来の慣習が根強く残ったり、また逆に
新しい基準が取り入れられたりしながら、混乱の中で少しずつ
融合していった結果、現在に至る戦後の社会が作られていった。

こういう、「ガラガラポン」の変化ってのは、しかし今は期待できない。

だから方向を見定めて、地道に継承しつつ発展させていくしかあるまい。
「地道に躾をして、組織として望ましい癖をつけ続けなさい。
そうすれば小さな改善が現場で日常的に継続されるようになり、
さらには、いつかきっと大きな飛躍が訪れるはずだ」
と、どこかの有名な経営コンサルが言っていたっけ。

もとより、「それよりいっそ」な感覚の強い日本人。
しかも一方で、最近では地道にやるという慣習が、あまり継承されていない。
生物は、退化して失われてしまった機能を取り戻すコトができないから、
また新しく、別のトコロから進化させて身に付けていくしかない。
長いよ、これ。きっと。「それよりいっそ」では、耐えられないんじゃないかと。

どうしてもというのなら、もう一回戦争して負けてみるか?

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