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2008/04/25

最後の一滴が注がれるのを待ち続ける樽一杯の水、ともいうべきか

20080425_epsn4796s


ヒトの脳の中身は、常に新しい認識で
過去の知識を置き換えるような処理が行われているので、
いったん「過去のモノゴト」となった知識など振り返るコトなく
忘却するという作用が働くワケだが、
しかしそのヒト個人の過去の行動までもが
一緒くたに忘却されてしまう性質があるのは
いささか困ったモノだと思う次第。

そういう性質があるという前提で、どうするか。
たとえば脳内スーパーバイザーを持ち、
それを随時稼働させておくという方法があるだろう。

スーパーバイザーは、認識を書き換える脳内処理を
常に監視しておき、書き換えが発生した際には
過去の認識をアーカイブするのである。

もちろん、アーカイブは作ったら作りっぱなし
というのではなくて、記憶を検索する際などには
最新の知識とともに常にデフォルト検索対象とする。

アーカイビングでデータ量が爆発的に増える
という危惧は、もちろんITの世界と同様に存在するが
しかしヒトの脳の記憶容量は使えば使うほど
自然に拡張されるような性質もあるので
あんまり心配する必要は、おそらくない。

「真実は一つ」というのであれば、さらに加えて
「それは世の凡て」と言葉を補うべきだろう。
過去のアーカイブの蓄積の上にこそ
今の脳内の認識が存在するのだから。

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