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2008/05/12

自称逸般塵の不通の日記(8) 5月3日のメモ

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さてそんなワケで、カレンダー上に並んだ4日間の休日。
今年は所用あって関西にいた。
思うトコロあって移動中にメモを取っていたので、
ダラダラと流して茶を濁すとしよう。

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東京は前日から雨
大荷物と傘は相性が悪い
手が痛いし腕も疲れる

中野で古いレンズを処分して出かけようと思ったけど
2本のうち1本、かつての限定復刻モデルは
驚いたコトに3000円という見積もりであった
致し方なくひとまず処分を諦めて持ち歩くコトにしたが
売り払って身軽になるつもりだったもんだから
元箱やら取説もセットで嵩張るコトこの上ない

そんなこんなで到着した東京駅は大混雑
新幹線の改札さえ通るのに時間がかかる
ホームで立ち止まっているだけでもヒトが衝突してくる
これはまさに断熱圧縮で温度が上がるという現象を
ヒトで示しているようなもんだな

指定席を確保していた列車は往復とも「500系のぞみ」
円形断面ゆえ狭くて嫌だという人もいるが小柄なので気にならない
むしろ横風に強いというメリットが気に入っている
すれ違いやトンネル突入時などの揺れが軽いのだ

車内でのんびりカツサンドを頬張る
もはや新幹線に乗るときのジンクスになっていて
出張でも旅行でも必ず食っている

雨が止んできたのは新横浜を過ぎたあたりから
静岡県に入ったあたりで青空が見えるようになり
その青と白の比率が徐々に変わっていく
青と白に加えて新緑が目映い
思わずレンズを窓に押し当てて撮ってみた

三河安城を過ぎると空に雲はなくなった
きっと外は暑いだろう
いやそれよりも目下の心配事は
隣で眠っているオッサンのアタマがこっちに落ちてこないかどうか
(どうやら大丈夫だった)

京都で席を移動
宿が新大阪になったのに合わせて旅程を変更したら途切れてしもた
大荷物ではあるが同じ車両内で取れたので大した苦労ではない
どうせすぐ着くのだし

新大阪から地下鉄で一駅の西中島南方へ出ると宿は目の前だ
以前の出張ではこの先の淀川の土手まで新大阪から歩いたコトもあるが
今回は荷物が重たいし暑いのでパス
つか帰りはタクシーにしたいくらいだ

2529号室に荷物を置いて一服
今夜は以前の仕事で親しくなった京都の医師と会食の約束なので
同じく目の前の南方駅から阪急に乗って河原町へ向かう
南方駅で乗った準急から高槻市駅で特急に乗り換える
きっと4連休こんな具合に行ったり来たりするので覚えておこう

沿線の田畑は灰色っぽい土質が目につく
名古屋近辺は黄色っぽかったのを思い出す
いずれも関東とは違う

少し早めに到着してしまったので歩いてみたものの
四条河原町の交差点は歩行者天国でないのが信じられないくらいの人混み
鴨川は涼しげで良いのだけど人が多くて立ち止まってもいられない
憲法9条を守るというデモ行進が四条通りを練り歩いていたりする
そんな具合で結局は周囲を一周するだけに終わった

> お豆腐と鴨川の川魚を出す小料理屋にしました。
> ごく限られた京都人しか知りません。
として案内してもらった店は
もともと豆腐屋であったが
店の主人が鴨川で魚を捕ってきて出す
というスタイルに変わったのだという

たしかに青豆の豆腐も雪花菜も油揚げも川魚も
どれも香り豊かで旨い
ただし馴染みのない人にとって
京都のメニューは分かりづらいとも実感
まあそれゆえに奥が深いってコトになるのだろう

京都駅からJRで戻る
新大阪駅のロッテリアで夜食にしたら
隣に若い白人が座って英語で話しかけてきた
「英語はロクに喋れないぞ」と応じる
英語日本語混在で話をしていると
彼と仲間たちは韓国から博多に渡ってきて
在来線で東京に向かう途中らしい
電車がなくなったので新大阪で降りたというコトだ
日本でバックパッカーもどきを見るのは珍しい
いろいろテキトーに喋って握手を交わして白人兄ちゃんと別れ
酔い覚ましがてら地下鉄には乗らず歩いて宿に戻る
たった1駅で歩いてすぐなのに200円は高いと思ったりもする
(先刻とは言うコトが違うけど気にしない)

まあいいや
寝よう
明日は早い

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