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2008/06/03

半生紀(19) 時代とともにきたり、時代とともにほろぶべし

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「ネットに対してカネを払うのは有り得ないコト。
Googleなどを見れば分かる。情報を取りに行く側の力が必要」
と、ある年配の雑誌編集者は言う。

ネットが大衆化してきた今の平成の時代は、
新聞やラジオが大衆化した大正~昭和時代と
どこか類似した面も多いのではないかと思う。

活字媒体などは常に大衆化していく方向にあり、メディアは変わる。
かつて書物もロクに手に入れられず大切に読んだ時代の人もいるが、
そういう人が「こんなハナシで文字にできますやら……」と語ったりする。

今では誰もが情報を即座に・世界中に発信できる環境にあって、
せいぜい壁といえば言語の壁くらいではないか。
それこそ日本中が一体となったパブリックスペースのようなもので。

そんな広大な公共空間の中では何を叫ぼうが、
邪魔だと思う人にとっては迷惑なものでしかないし、
知りたいコトの答えを求めている人には届かない。

ヒト集団やその周囲の環境は明らかに変わり続けている。
変化し続ける状態を時系列で見ていけば、区切りも見えてくる。
それを時代と呼ぶのだろう。

これまでも時代とともに成長して暮らしてきたのだと、
最近になって実感するようになってきた気がする。
そしてこれからもずっと時代とともに生きていくのだ。

今という時間を常に大切にしながら、今後もずっとやっていこう。
と、そう思えるようになってきた。
それが、ここ何年かの思考を積み重ねた挙句の、当座の結論。だ。

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