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2008/06/02

科学系ヨタ話(7)  失敗ガックリするより先に考えろ

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先日、また失敗学に関連する講演を聞いてきた。
やはり、いろいろと応用できる考え方である。

関連する言葉も、数多くある。
「木を見て森を見ず、では良くない」だとか、
「虫の目と鳥の目の両方の視点を持て」だとか、
いろいろな言い方はあるが、いずれも全体の中に
部分を位置付けて考えるコトの重要さを語っている。

しかし、他人から与えられた地図の上での位置関係では
どうにも実感が湧かないのが普通の人間であるはず。
実感が湧くまでになろうとすれば、
それこそ自分自身で地図を描けるくらいに
ならねばならないのだと思う。
となると、自ら足を運んで見て聞いて調べて考え、
しっかり理解した上でなければ難しい。

だから、古老は皆、若者よ見聞せよという。
「可愛い子には旅をさせろ」てなワケだ。

しかし、そのコトに自発的に気付かない相手に対し、
そういうコトをきちんと教えるには、どうしたらいいのか。
単に大切だと言い続けていても効果は期待できないし
むしろうんざりされてしまうばかりであろう。

さりとて、自ら調べて地図を描けと指示したところで、
「地図を作るコト」自体が目的化されてしまうのではないか。
今の日本人は、意味を考えるコトが少ないと思うので余計に。

そういう習慣を、あるいはその種を蒔くのは、
もっと小さな頃でなければ難しいように思う。
ああ、結局は義務教育や家庭教育の問題になってしまいそうだ。
でも教育についての批判をしたいのではない。
より良い教育方法を考えているだけのことで。

しかし、ちょっと寄り道したくなった。
そういう教育内容にしてしまった社会的背景にも目を向けたい。
でも、「そうよ社会が悪いのよ」みたいな、
そんな気楽に無神経な切り捨て方をするのでなく。

失敗学的には、
いろいろな階層で失敗の原因を考えていくことが重要だ。
まあしかし、このブログは失敗学の講義をするためのものでは
ないのだから、そのあたりは基本から外れても構うまい。
だから誰でもが簡単に追求できそうなトコロは放置して、
もっと先に進んでしまおう。

よく言われるコトだが、失敗を恐れていては先に進めない。
それは裏返してみれば、「先に進むなら失敗もあり得ると思え」
という意味でもある。「あり得ないコトなんてない」のだから。
マーフィー則なども、「失敗する可能性のある行為は失敗する」
という大意においては失敗学と通じるトコロがあると思う。

そりゃあ、失敗によって失われたモノゴトが大きければ
どうしたって嘆きたくもなるもんだけれども、
しかしそのままでは、先に進むコトなどできやしない。

もし目論見外れて挑戦に失敗したとしても、
その原因を突き止めて次の挑戦に結びつけていく覚悟がなければ、
進む先に見え隠れするさまざまな未知の事象に対する責任など、
果たすコトはできないのではないか。

ヒトは現実世界に対して想像を巡らした上で働きかけるが、
自らの意思に反して変化を続ける現状を、しばしば見失う。
もともと、想定や行動など不完全なものであるというのに。

そういう矛盾が、しかしヒトゆえに、興味深い模様も描き出す。

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