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2008/06/04

難解なのは、何かいゃだよね

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ダラダラ歩くのは嫌だ。というか、できない。
かといってセカセカ歩くのも好きではない。
キビキビした歩き方、ならまだマシだけど。
颯爽としてしまうと、それは違う気がする。

もちろんキョロキョロオドオドしたのも頂けない。
堂々と、というのも偉そうで良くない。
悠然と、とか飄々と、といった雰囲気がいいな。
言葉で表すならヘロヘロと、……いやそれも違う。

カンタンだと一般に思われているようなコトをムズカシく考え、
そしてまたカンタンなコトバで書き表す、これがなかなかムズカシイ。
けど、そのような行ったり来たりの思考の過程が、やってみると
いろいろ発見するトコロもあったりするし、挑戦しがいがある。

本当は、あんまり考えを捏ねくり回すのが好きじゃないのだ。
もちろん得意でもなんでもない。むしろ昔から理屈は苦手である。
歩き方と同じ。ダラダラもセカセカも好きじゃない。
本当のトコロを言うと、ただ、呼吸するかのように思考したいだけ。

だのにそうなるためには常日頃から絶え間なく試考し続けて
ありとあらゆる思考ルートを低抵抗な状態にせねばならず
目下のトコロでは新たなルートを探すための思考ルートを
どこまで束縛なく巡り続けられるかという挑戦になりつつある。

ルート探索だけでなく、そこに並行して走っているプロセスもある。
たとえば、辿った思考ルートのシーケンシャルなログ化とか、
後で再び辿れるようにするためのルート補強工作のような、
いわば後処理プロセスに若干の思考能力を割くように勤めている。

特に夢で見た情景などを確実な記憶に留めるためには
しっかりした補強工作が不可欠だが、迅速に処理すれば、かなりsaveできる。
さらに随時、脳内に残したログを分析、論理化などの処理を行って
こうして文章に起こしていくというワケだ。

このブログに書いている文章などは、
どちらかというと生ログに近い形態であるから、
筆者の思考ルートを追体験していく、
いわば論文の追試を行うような読み方が適しているはず。

反面、たしかに読み解く上では相当な努力や若干のコツが
必要になるとは思うけれども、ある程度読めるようになれば、
そして幾つかのパターンを読み込んでいけば、
次第に新たな思考ルートが見えてくるのではないかと思う。

……たぶん。

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