« 回る回るよ目が回る | トップページ | 理系用語で読み解く社会(27) ヒトの背景輻射 »

2008/06/25

てぇへんなひとたち

20080625_epsn1883s


私的録音補償金だのコピー制限だの
といった諸々の問題を考えていると、
制作物の流通の端と端とで啀み合う
ような構図に見えるのだけれども、
両者とも嫌なキモチになっているし、
その間にいる連中は、見えてこない。

エンドユーザー側の手許には、さんざん
制限をかけられたコンテンツしか届かず
ロクに楽しむ気さえ失わせられている。
逆に作り手側にはエンドユーザーの声も
“妥当な”対価も届いてこなくて苦しい
中での創作活動をさせられているようだ。

こりゃもしかすると中間業者の搾取か?
という感覚は、なきにしもあらず。
たとえば大きな製品を作るメーカーがあれば、
その部品を作るメーカーも無数にあって、
それらの工場にヒトを売る派遣業者があって、
身一つで生きるヒトビトは、流れ流れる。

とはいえ単純な性悪説てのも面白くない。
ひょっとしたら中の人たちとしても、
両端と同じく苦しい状況に置かれていて
しかも声を出せないのかもしれないし。
とはいえ、中の人に知り合いがいないので、
その実態は全く知らないのだけれども。

そういえば先日、都心で飲んでいて
終電を逃してしまったので乗ったタクシーで、
大手広告代理店の連中について、
いろいろと運転手が言ってたっけ。
どこぞの中央官庁のタクシー券問題じゃないが、
似たようなコトは大手代理店にもあるらしい、と。

構造的な問題が、どうもあるんじゃないかと思う。
どこもかしこも、以前ちょいと書いた「蒟蒻業界」の如く、
実は構造変化が誰にも幸福をもたらさない方向に
進んでしまったのではないかとも推測してみた。

端と端を結ぶ橋は、社会構造が複雑になって行くにつれて
どんどん継ぎ足されていってひたすら長くなるばかり。
とっくに端から端まで見通せなくなっているだけじゃなく、
間にいる連中にすら自分の位置を見失わせるほどになってる。

そのような可能性は、大いにある。
しかし今や、その全体を見通せる人など、いるのだろうか。
ヒトの視野では捉えきれないくらいの広がりになっていて
誰も彼もが自分自身を中心だと思わねば、やってけない。

昔そこにあったはずのシアワセって、
一体どこに消えたんだろうね?
世の中ってヤツは、
知れば知るほど不思議が一杯だ。

|

« 回る回るよ目が回る | トップページ | 理系用語で読み解く社会(27) ヒトの背景輻射 »