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2008/08/14

試小説(2.7) 羨ましいよ太郎・後編

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と、遠くから車のエンジン音が響いてくる
それを聞いた子供たちは急に慌て始めた

「大変だ。車が来たよ」
「太郎、道路から離れな。見られたらいかん」
「こっち! こっから山登ってけ」

舗装道路の脇の枯れ沢に太郎を引っ張り込む子供たち
その慌てぶりに驚きつつも従う太郎

「車は危ねのか」
「大人が乗ってる。太郎が見つかったら危ね」
「あれ? あれ、警察の車だ!」
「警察? どんなだ?」
「バカ、太郎、頭上げちゃいけね」

すると車のエンジン音が高まり
速度を上げて太郎たちの方へ迫ってくる

「見つかった!」
「太郎、もっと山の上に逃げな。車は山を登れんから」
「お前ら、どうすんだ」
「おれたち悪いことしてね。大丈夫だ」

だが太郎は少し奥へ向かったものの、すぐ振り返って言う

「怖がってるお前ら、置いてけね」
「だ、大丈夫だって」
「警察は太郎を探してるんだよ」
「そうだよ、おれたちじゃね」

そうこうするうちに車は枯れ沢のところで急停車し
警部と警官たちが一斉に降りてきた
全員が右手に短銃を構え太郎を狙おうとしている
子供たちは青くなって叫ぶ

「鉄砲で狙ってる! 逃げぇ!」
「殺されてまうよ! 伏せぇ!」

しかし警部は発砲命令を出さず
呆然と立ち止まったままの太郎に
短銃の狙いを定めたまま叫びかける

「持っているものを悉く下ろし両手を上に挙げよ」

太郎は箱と釣り竿を足許に置いて手を挙げた
すかさず警部の命令で2人の巡査が太郎に駆け寄る
子供たちは身が竦んで動けないまま
太郎をじっと見つめるばかり

「不逞の輩め、観念しろ」

2人が両脇から太郎の腕を押さえつけて
その懐や帯回りなどをまさぐる

「腰に刃物。不法所持だな」
「おらの小刀だ。魚を捌くのに使ってる」
「身分証は不所持か」
「みぶんしょなんて持ってね」
「身許を示すものもないのか」

さらに警部が短銃を突きつけつつ近付き詰問する

「貴様何者であるか」
「おら、太郎だ」
「何処から来た」
「浦島ちう村だ。ここのはずだが」
「ここは浦島ではない」
「よく分かんねが、でもここだ」
「何の目的で来た」
「家に帰るんだ。漁に出たら竜宮城まで行ってしまって遅くなった」
「仲間は他にいるのか」
「漁はいつも一人だ。家には父ちゃん母ちゃんがいる」

さらに警部は地面に置かれた竿と箱を調べ始める

「これは釣り竿だな。就漁許可証はあるのか」
「きょかしょは知らね」
「不所持か。では、この箱には何が入っているのか」
「知らねが大切なもので開けられね」
「貴様本官を愚弄するか」

警部は玉手箱の紐を解き蓋を開ける
その中を覗き込んだ警部は
濛々と噴出してきた煙にむせ込み
慌てて後ずさる

「こ、これは一体何だ。貴様は敵の工作員であるか」

だが太郎の返事はない
先ほどまで2人の巡査が両脇から固めていたはずの
太郎の姿は煙の中に完全に没していた

「うお! 此奴、逃げる気か」
「離さぬぞ!」

だが、数瞬して風が煙を流し去る頃には
太郎の姿は完全に失われていた
竜宮城で過ごしたはずの歳月の代償として
風化して煙とともに散っていったのである
竿や着流しや小刀など彼の持ち物も完全に霧散し
後に残るのは空の玉手箱だけ
このとき港にあった太郎の小舟もまた消え失せたという

子供たちには、その煙の中に太郎の笑顔が見え
そして彼の声が聞こえた気がした

「おら、こんな時代まで生きてちゃいけねかった」
「大変な時代だけど、お前ら達者で生きろ」

その後、警官たちに酷く叱られた後に親に引き連れられて
夕方のアスファルトの厳しい照り返しの中
とぼとぼと帰宅しつつ子供たちは思うのであった

「あんなに苦しまねで死ねるなんて、羨ましいよ。太郎……」

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