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2008.09.19

自称逸般塵の不通の日記(31) in-vitroな観察

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多様化が進む人々の生活、そして専門化する社会。
どうしたって最近は見通しが悪くなる一方である。
社会構成が均質でなくなってくると、観察すべく
光を当てても明瞭な像を結ぶコトはなくなるのだ。

いよいよ断熱膨張により生じた霧が、視界を遮る。
あるいは、不純物が増えすぎて飽和してしまい、
溶液中に突如、無数の結晶が析出し始めたような。
いずれにせよ変化は、見た目の上では急激である。

世の中が変わってしまったコトに困惑したり不満を抱くのであれば、
自らが困惑せず不満を抱かぬような世の中に変えるという手はある。

けれども他の誰かがきっと困惑したり不満を抱いてまた別のカタチ
へと世の中を変えていこうとするだろうから長くは続かぬだろうね。

それより今は、今後もひたすら変化を眺め続けていたい、と考える。
無数のヒトによるブラウン運動は、きっと見てて飽きることがない。

世の、中にいてそれを観察するというのは、観察主体自体の状態に
依存するトコロも大きいので困難ではあるが、まあ今後も続けたい。

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