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2008.12.07

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(9) 明日、はわわガミガミ(ワケわからん)

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とはいえ分からないモノをワカラナイと諦めては努力放棄。
ここしばらく、こう言う機会が多い「諦めたら負けが確定。
勝てる見込みが低かろうと確定するまでは努力を続けよう」
そりゃもちろん努力するにしても限界はあるのだけれども。

一時的な人気取りに過ぎない給付金バラ撒きに固執して
手間暇かけてまで所得制限だの何だのとやるんじゃなくて、
同じ予算と時間を費やすのなら後に役立つようなトコロに
もっとアタマを使って活用してやってくれないかと思う。

とにかく現状をきっちり把握して、改めるべきポイントを
明確に定めて、そのための仕掛けを作って試す。そして
やって駄目なら、とにかく改良する。最初から理想を実現
できるなんてコトはヒトにできるもんじゃないんだから。

いやそもそも、何処まで行っても完璧なんて実現しないさ。

もちろん動いたって上手くゆかない可能性もあるだろうし、
下手すれば結果として弊害が生じる危険性もあるだろう。
でも、やらずにいれば悪い方向へ転がる可能性が高いのに、
動かずにいては間違いを拡大してしまうのではないだろか。

だから、より良い方向を探しつつ、とにかく考え巡らして、
できるだけ失敗を避けるように、動いていった方が、まだ
マシなんじゃないか。そのためには、当然のことながら、
常に考え続けつつ動くという多大な努力、忍耐が必要だ。

真っ当な社会を求めるのならば、まずその中の人からして
真っ当な社会人であり続けようとする意識は、欠かせまい。
でなけりゃ何をするにも受動的になりかねず上手くゆかぬ。
その「意識」てのは、要するに当事者意識というヤツだな。

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