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2009年1月

2009.01.31

たまには時事ネタ(39) 夜景、死に水

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そういえば、通っちゃってたんだよね。例の件。
ボヤボヤしていたら使えなくなるのでネタにしておく。

景気刺激にはならないだろうし、おそらく多くの
人の反応は「受け取るも支持せず」ではないかと
思うので「バラマキ」批判もまた的外れだろうし、
どっちの側も論点がズレたまま終わった気がする。

あれだけ集まっていながら、たったの2兆円の使い途
さえ簡単に決められぬ連中は、多くの人々に対して
失望感をバラマキ、悲観する気持ちを刺激した。
かなり贔屓目に見ても、そう思えてならない。

もう、期待感なんて僅かしか持ってないんだから、
せめてそれを上回るくらいの仕事はしてほしいな。

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2009.01.30

自称逸般塵の不通の日記(53) 背負って持って街へ出よう

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運動不足解消やストレス発散というのは、
一人で生活していると難しいものである。
だから世の中、いろいろハジケたりするのかなと思った。
ボタンとかベルトの穴とか、言動とか行動とか。

そういえば最近、ほとんど散歩に出ていない。
仕事も少なかったので人に会う機会も少なかった。
運動不足とストレスの両方を解決したいときは、
適当に歩き回るのが一番。

なので早速、散歩に出よう。
それこそ今週末にでも。
電車に飛び乗って途中下車の旅をするのだ。
散歩した出先で使いたいモノを鞄一杯に詰め込んで。

カメラとかスケッチブックとかノートとか、
あとは地図とか文庫本とかPDAとか。
ストレスなんか、一人で抱えてたって面白くない。
けど、こういう荷物なら、運べる限りは悪くない。

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2009.01.29

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(17) 糾える縄の如くに、禍を福と成せたらいいね

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これだけ揉めに揉めたのだから、
まあそれなりの反省点もあろう。
少なくとも現状の問題点が見えたはず。

こんな紛糾も益なしとせぬために、
どこをどうすれば良くなるものか、
しっかり考え対策を練ればいい。

といって副作用は欲しくないのだが、
人間万事、塞翁が馬のようになるとは
必ずしも限らないから難しいトコロ。

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2009.01.28

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(16) 攻防も筆の誤り

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ヒトは完璧な存在じゃないから、語ったり書いたりするコトバに
若干のミスやエラーが含まれるのを、完全には避けられない。

語られる単語が増えれば表現エラーの数は増えるものであるが、
それに対する批判や、さらにそれを受けた弁明や訂正などにより
想定していた以上に単語数が増えてしまいがちであったりする。

しかるに紛糾した議論は、正のフィードバックを得て余計に
紛糾してしまいがちなものであると言えるんじゃないかと。

コレを避けんがために根回しや予備審議などを行う方法もあるが
実はそれ自体もまたやり取りする単語数を大幅に増加させる原因に
なりがちなものだから、効果的な準備ができなければ逆効果。

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2009.01.27

振り出しに、戻れる人々

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モノゴトには、たいてい「この程度」てな範囲があるものだが、
限界に突き当たったとき残念に思う人も少なくないようである。

逆にそれは、限界を知るコトができた事実に喜べはしないか?

また、限界は新たな道を探す機会でもあるのだから、出発点に
立ち返って改めて初心を思い出し、新しいコトを試みる――。

そんな感じでやってみた方がいいんじゃないかと、思うのだな。

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2009.01.26

底から下はないものだから

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危機的状況を嘆くのに飽きたなら
そろそろ先へ進もうか

キモチを切り替えるには時間が掛かるものだけど
悲嘆するだけ悲嘆しきってしまえば
否応なしに前を向いて歩くしかないよね

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2009.01.25

人気満了?

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ていうか、100年に一度の危機的状況だとか言うなら、
いっそ年末年始も休まず営業してれば良かったのでは?

年越しのために公園に集まった人たちの近所の、
永田町では、きっちり年末年始を休んだのだった。

人々の、政界に対する期待感は、どんどん下がっていって、
「誰がやっても同じ」なんて諦めにつながってしまいそうだ。

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2009.01.24

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(15) 人の振り見ずとも我が振り直せ

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強力なリーダーシップを持ち
高い支持率を得て就任した新大統領のいる
対岸の超大国を羨ましがる向きもあるが

とはいえ太平洋のこっち側の国では
マネをしたってモノになるコトはあるまい
せいぜい参考になるハナシも多いという程度

手本とすべき人物だとか国家など
もともとありはしないのだ
どれもヒトが作ったものなのだから

価値観を持つためには自らソレを構築し
かつ随時必要に応じて修正しつつも
確乎として保つよう心掛けねばなるまい

ひとまず対決より対話の方が
今の世の中では役に立つんじゃないかと
思ってはいるのだけれども

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2009.01.23

理系用語で読み解く社会(39) 臨界は質より量?

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ある一定の確率でバカは中性子を放出して分裂する
他のバカがその中性子を吸収すると分裂が促される
分裂すればまた多くの中性子が放出され連鎖する
連鎖が臨界となれば大量のエネルギーを放出する

劣化バカは中性子を吸収して違った種類のバカに変質するので
劣化バカの壁を作っておくと臨界後の大量の中性子を吸収して
こちらもまた臨界に達して大量のエネルギーを放出する
劣化バカは要するに次世代のバカというワケである

だから世の中に制御棒が欲しいよね
バカがバカを作るのを止められるようなのが
でもそんなのは夢物語でしかないワケで
地道に知恵を広めていく以外にはないのだろう

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2009.01.22

理系用語で読み解く社会(38) フォン・ノイマン型ヒューマノイド

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先日、あるサイトで「読書術」だの「思考力」だのという記事が
あったので、u君とのメールでネタにしていた。

対話部分を一部編集して取り上げる。

--

y 最近はWebを読むように本を読む連中ばかりというコトなのかね。

u 行間もなにも読まずに「速読」して読んだ気になるんじゃなかろうか。

y つまるトコロ多くのヒトが一義的な「情報」しか求めてない、と。
  教科書や参考書やハウツー本しか読んだ経験がないのかもしれん。
  要するに、ひとまず字面を追うだけで読んだ気になれる本ばかり。
  こういう連中に対して、いわゆる「読書人」的な読み方を教えよう
  たって、そう簡単なハナシじゃないだろうとは思うし、ましてや、
  それを文章で伝えるようなんて、それこそパラドクスではないか?

--

こんなやり取りの後、「そういう連中」を評してu君が曰く。
「字面だけをバイト列として食う生き物なんだろうな」

そうか、ヒトは遂に機械の頭脳を手に入れてしまったのか。

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2009.01.21

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(14) 胃の中の食われたる物

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現状に対して危機感を抱くのはいいとしても
狭い枠の中で「対決姿勢」を強めるばかりでは
どんどん視野狭窄近視眼的嗜好に陥ってしまって
問題解決に近づかないんじゃないかと思うのだが

与党が実質的に固定していた頃には
国家百年の計を論じていた気がするのに
その与党が崩れつつある今となっては
目先の対策に汲々としているような気が
するのは何故だろう

もしや既に失敗回避への道は途絶えたのか

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2009.01.20

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(13) 苔生したる巌となりし細石の

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過去の層とは異なる種類の堆積物が入ってきても
その初期には単に表面が薄汚れて見えたりして
あるいは一過性の変質かと思えてしまうコトがある

そんなふうにして層と層の境界が作り出されつつある
ような状態というのもまた興味深いトコロではあるが
それはともかく

次の新たな層がどのような性質を持つのか
明確に見極められるようになるには
ある程度の蓄積を待たねばならない

それどころか
次のさらに次の層の堆積が始まる時点になってから
改めて見てみればまた評価も異なってくるだろうし

もっとずっと後になっていろいろな層が上に堆積して
その重みで堅固な岩になってからみてみれば
また見え方も違ってくるものだったりする

だから逆にいうならば
今まさに岩としてそこにあるのを眺めつつ
ソレが堆積しつつあった昔に思いを馳せてもよいので

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2009.01.19

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(12) 意思の下にも残念

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だからこの足許の土の中にはヒトの夢が埋まっている
ようなものなのだと思う
ヒトが死に際して置き去りにしていった夢の残骸は
生きているヒトがそれを拾う以上に多く打ち捨てられ

堆積して
    折り重なって
           次第に固着していって
いつしか歴史と呼ばれるようになるものだから

そういうのを少しばかり掘り返してみれば
かなり明確に層を成していたりして
それぞれが一つの時代であったコトが
後になってみれば分かるものと知れる

この層の中には周囲と異なる性質を持った部分も
ときおり紛れていたりするが
ひたすら深く広く掘り下げてやって
層全体でみてみれば異物の傾向も見えてくる

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2009.01.18

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(11) 執念老い易く気楽には成り難し

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その昔、「バスに乗り遅れるな」
なんてコトバがあったっけ。
たとえそのバスが定員オーバーであろうとも、
乗らねば損というのだった。

「誰もが手つかずの地面を掘るのに夢中
引き算だらけの計画に誰もが夢中」
そんな歌(ZABADAK)も昔あったっけ。
ヒトの性質ってのは、常にそうなのか

でもヒトの一生なんて
とても短く儚いものだから
探したり奪い合ったりしていると
どんどん時間が失われていく

少しでも良いモノをと遠くまで
探しに行って時間を費やしていたらば
少しは良いモノが身近にあるのに
それさえも得られぬまま終わってしまいそうだよ

そして残るものは何もない
だってヒトは土に還るのだから
積み上げたカネも持って行けない
蓄えたモノも持って行けない

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2009.01.17

遠くの聖地より近くの拝處

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最近、夜は入れない神社仏閣が増えてる気がする。
要するに警戒しているのだろう。何かを。

昔、宗教施設の敷地といえばアジールだったはずで、
当然ながら夜中も開け放たれていたものだった。

その伝統に反して門を閉ざさざるを得ないような
状態にしたのは、神仏を大事にしない心理か?

そういえば年上を敬うことも忘れられつつある。
というより、何物をも大切にしないような風潮。

友達や家族はもちろん自分さえ大事じゃない、
なんて者までも、今や少なくないのかもしれない。

そうして遠くの塔から電波を受信するけど、
身近なトコロから情報を受け取ろうとしない。

自分と、無数の「名無しさん」からなる
「セカイ」が今の日本社会なのだろうか。

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2009.01.16

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(10) つつつと裏々

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少しでも良いモノを
少しでも良い条件で
得たい
というヒトの欲求は

それ自体はそんなに
悪いモノじゃないが
だけど
弊害なども強すぎる

かといって我慢する
といった心理状態も
それは
また良くないワケで

「我慢してやる」
「見返りも不要」
「どうよ」
「私偉いでしょ」

そんなキモチでいる
ようにしてみたれば
少しは
マシかもしれないよ

偽善的ではあるけど
ヒト社会の秩序には
多少は
役に立てると思うな

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2009.01.15

サーバのキモチ? 507 Insufficient Storage

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ヒトビトのヨノナカに生じるモノゴトが多すぎて
いよいよヒト社会が持つ秩序維持能力では足りなくなってきました

ヒトビトがヨノナカに増えすぎたために
いよいよ地表面の容量が足りなくなってきました

どちらにしろ、これからは、ヒト全体において
できるコトが限られてきますので、ご了承下さい

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2009.01.14

偽悪、さらにつづき。

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どっかの掲示板の書き込みで見掛けたのだが、
あのバラマキへの反対は「不況を加速させる」
のだそうだ。そんなもんなのかねえ。

でもヒトビトのキモチが変わるには、ある程度の時間が必要だ。
時至らねば景況感も変わってこなかったりするもんだけど、
こんな「危機的状況」でも生きていける人たちは生きていける。

そのときまでに為すべきは、
再び流れが変わってくるのを待ちつつ
地道に力を蓄えておくことではないか。

昔から言われているが、
ヒトというのは「貧すれば鈍する」ものだし、
「衣食足りて礼節を知る」ことができる。

追い詰められた不安や焦燥から
無差別殺傷に至った例が、
近年は目立っているといえないか。

最低限のラインから転落しかねない状況の人たちを
重点的に支えてその窮地から救い出し、
「苦しいながらも救いがある」状態になればいい。

こういったセグメント別の政策は、
手間こそかかるが費用対効果も期待できる。
バラマキよりも、もっと効果的な施策がではないかと。

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2009.01.13

サーバのキモチ? 505 HTTP Version Not Supported

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ロケット弾のような原始的な交渉手段には対応しておりません。
我々の交渉手段は精密誘導弾とクラスタ爆弾と戦車砲です。

悪しからず。

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2009.01.12

サーバのキモチ? 504 Gateway Timeout

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交渉の期限が切れました。

相手方から適切な提案が
為されなかったので、
一時停戦は終わりです。

これより攻撃を再開します。

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2009.01.11

サーバのキモチ? 503 Service Unavailable

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熱中するあまりヤジが飛びすぎましたので、
議長判断により一時休会といたしております。
チャンネルはそのままでお待ち下さいね。

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2009.01.10

サーバのキモチ? 502 Bad Gateway

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きちんと筋を通して意見していただかないと、
申し訳ありませんが受け取ることはできません。

もちろん、国民の皆様が意見を正式に提示する機会は、
選挙まで待ってくださいね。まだ当分、先ですけど。

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2009.01.09

サーバのキモチ? 501 Not Implemented

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いったん根回しが済んで提出された法案を
内外の批判が強いからといって撤回するような機能は、
残念ながら備わっておりません。
(なので、某W氏の離党も不可避というワケです)

なお、時間が経てば半自動的に
可決成立できる条件が整いますので、
それまで指をくわえて待っていてください。
もちろん、全ては「ねじれ」が悪いんですよ。

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2009.01.08

サーバのキモチ? 500 Internal Server Error

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申し訳ありませんが取り込み中ですので、
しばらく待ってアクセスしてみてください。

100年に一度の危機的状況に陥っているので急を要するのですが、
議会がねじれて紛糾しているので時間が必要です。

なお、長々と続く会期中の費用は
皆様の税金で賄っておりますので悪しからず。

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2009.01.07

偽善を嫌うハナシ、その2だ

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例の「給付金」(とその周囲)について以前にも書いたが蒸し返す。
ていうか、1人あたりわずか1~2万円を配布するしないというだけで、
何日も議会を空転させている事実は、それこそ無駄というものだろう。

そういう無駄をしでかしている主要政党(勿論与野党双方)いずれも、
能力の不足が甚だしく目立つものではあるし、彼らが示す政策とやら
にも机上の空論めいたトコロが見受けられるのだが、それはさておき。

前回の主旨は、こんな感じだった。
「善い行為をしていると思うこと自体が偽善ではないか」
おおむね繰り返しになるとは思うが、改めて考えてみたい。

目の前の人が困っている様子なのでつい声をかけてしまったとか、
通りすがりの人がいきなり倒れたので思わず駆け寄って助け起こしたとか、
そういった、身体が先に動く類の行為は、きっと偽善じゃない。

それは救急隊員や救急センターの医師たちに似た行動であろう。
もちろん彼らは高度な教育や訓練を受けて現場の経験を積み、
その上で職業として携わっている点、大きく異なる。

だが彼らにしても、必ずしも「稼ぐため」ではなくて、
むしろ「自分ができることをしているだけ」といった、
淡々とした姿勢で仕事に臨んでいたりする者も少なくない。

居合わせた素人による救助行為などは、職業人によるもの
とは異なるけれど、「自分ができることをしているだけ」
という点においては類似している。

あくまでも、自らの体力や技量、知識や知恵を以てして、
直面する課題を乗り越えようとするのみ。自らの能力を用いる上に、
自らの身を危険にさらすからこそ、その行動は賞賛されるのだ。

しかるに2兆円バラマキ政策など、
他人の懐をもアテにした内容であり、
その次元とは明らかに異質である。

自らの身は危険にさらされないまま(台所か茶の間にてもあろう)、
自らの持てるモノもほとんど用いず、あまつさえ助けようとする
相手や、その課題そのものに対して、直に面するコトさえない。

とはいえ、善を為していると思わないくらい無心になれば、偽善に
ならぬ可能性が高いので、無心であれば良いとも言えそうではある。
でも、勘違いしちゃいけない。コトは、そう単純じゃないから。

貧困や格差というのは、あまりに背景が複雑なものだから、
無心にバラマキをしたって国庫の無駄遣いになりかねない。
同じ2兆円の予算でも、もっと効果が期待できそうな案はあるはず。

幸福になる理由は誰も大差ないが不幸になる原因は人それぞれ
だから個々の原因に立ち向かうような、きめ細かな対応が不可欠
だので、そのために必要な多くの人間の力に、注ぎ込む策もあろう。

さてもさても、さんざん問題点を指摘されているにも関わらず
一向に聞き入れないような独善は、もはや偽善ですら、なさそうだ。
おそらくそれは、単なる不善だと思うが如何。

本人に悪意がないコトは、宗教的には許されるかもしれないが、
社会にとってみれば何の課題解決にもつながらないのだから、
改めた方が良い。特に、政教分離を憲法で謳う日本に於いては。

まあこうして偽善の研究などしてるのも、
やはり相当な不善なるやもしれぬが、
「小人閑居して不善を為す」てなトコロ。

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2009.01.06

デジタルな作り手の自分勝手、アナログな使い手の自分勝手

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使い途に合致している限りにおいては迷わず使えるものであるが、
機能が目的に合わなければ「使えない」存在になってしまうもの。

それでも、たとえば鋏などは「使いよう」となるものだけれども、
電子機器なんぞでは、なかなか想定外の使い途というのは出ない。

特に単純なものほど、どうやら作り手が想定した用途というのが
あって、その他の用途に転用するのが難しいような気がしてくる。

逆に、デジタル機器で汎用性を求めるとなれば、ひたすら高性能
高機能にする方向性ばかりとなるのが、なんとも面白くないなあ。

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2009.01.05

自称逸般塵の不通の日記(52) 単機能デバイスを勝手に使い

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昨年発売された単機能メモ端末は、そこそこの人気だったのか
発売の翌日に、某大手量販店の店頭へと探しに行けば
「白のみ、ケースも売り切れ」だったりした。

だのに、他人が使っているトコロを見たためしがない。
単機能ゆえに用途が非常に限られるという理由もあるが、
構造的にも使えるシチュエーションが限られるせいもあろう。

出入りしている事務所で、打ち合わせの待ち時間などに
机を借りてコイツで作業していると、通りすがりに
「使ってる人を見るのは初めてだ」とか言われたりしたものだ。

実はコイツ、机の上でないと使いにくい代物ではある。
たとえば立ったまま両手でプチプチと入力、という
ワケにはいかず、まず座って落ち着かねば使えない。

電車で座れたとき、膝の上の鞄を台代わりにして
コイツで文章を書いたりしたコトもあるが、
それは隣でゲームしてる男の肘が邪魔だったので対抗したまで。

かつての200LXなど、立ったままでも座った状態でも、
もちろん机の上でも、あるいは寝転んだ格好でも使えた。
性能面で大きな制約があったとはいえ汎用PCだからだろうか。

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2009.01.04

理系用語で読み解く社会(37) 不等価率

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「可視化」てコトバは、
よく言ったものだと思う。
それは見られる側の感覚ではなく、
見る側の立場に依存したものだ。

見られる側にとってみれば
「ほんのちょっと見えなくするだけ」の
ニュートラルグレーのフィルターは、
結構たくさんあって、重なっていく。

仮に1枚50%だとすれば2枚で75%、
さらに重ねて88%、94%、97%と
どんどん濃くなっていって、
「限りなく黒に近いグレー」となる。

逆にグレーを1枚1枚、剥がしていくと
最初は変化が小さくても、いずれは
97%、94%、88%、そして50%へと
大きな変化が生じてくる。

各フィルターの透過率を下げるのは
もちろん大事なポイントであるが、
実はフィルターの枚数を減らしてやる
ことも、また大きな要素である。

見られる側と見る側との
立場が等価ではないからこそ
このフィルターの効果を
よくよく考えて使わねばならんのだな。

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2009.01.03

A Hazy Shade Of Winter River

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今年で3年目になるか、初日の撮影は毎年恒例になりつつある。
いずれも多摩川沿いで、118°に近い方角に流れるあたりだ。
今回は、昨年や一昨年よりさらに上流の、拝島橋へ向かった。
国道16号の大きな橋で、両岸は下流よりも急な傾斜となっている。
過去2回は河川敷だったが、たまには橋の上から狙ってみよう。

現地は昭島駅から徒歩20~30分。到着したのは午前6時半頃。
すでに薄明の時間帯で、橋の歩道には近隣住民らしい人々が並ぶ。
同行者1人と相談しつつ流路ほぼ中央の真上に隙間を見つけて陣取る。
眼下の川面は静かに凪ぎ、空のグラデーションを鏡のように映す。
ときおり背後を走り抜ける大型車が橋を揺らしていく。

そういえば、今年は初めてデジタル一眼レフで初日を狙うのであった。
昨年まではデジタルではあるがレンジファインダーだった。
おかげで望遠レンズも使いやすくなり、構図の自由度が広がる。
同行者も昨年デジ一眼を入手してカメラ趣味を再開したばかりなので、
機材を準備しつつ、露出や構図などのポイントを簡単に説明していく。

とはいえ2人とも旧式のマニュアル専用レンズを使っているから、
昨年の周囲の撮影者のようにAFやAEが迷う心配がない。
ISO200、F5.6、1/30あたりからシャッターを切り始める。
地平線のあたりに色温度の低い光線が徐々に広がり、明るさを
増してきたのに合わせ、少しずつシャッター速度を上げていく。

同時に、周囲からもシャッター音が連続で響いてくる。
太陽の先触れとなる明るい領域は、思っていたより右手だった。
「これだと川面にかからないね。ちょっと場所がズレたな」
「でも、正面の凸形の建物にひっかからなかったから、まだマシだ」
明るさは急速に増していき、さらに露出を頻繁に調整する。

昇り始めた朝日は、凸形の建物のさらに右側の木立の間だった。
標準系から望遠135mmに切り替え、人工物を入れぬようフレームする。
冷え込みに息つくバッテリを騙し騙しシャッターを切っていく。
手もまた冷え切って、痺れを感じるまでになっていた。
そして太陽は地平線を離れ、右手の稜線の上空へ向かっていく。

警察の車両が現れて橋の上に路駐していた車を追い払う頃には、
歩道に立ち並んでいた人影も少しずつ減りはじめていた。
機材を片付ける者、名残惜しむように撮影を続ける者。
同じ名残惜しむならと、それぞれ帰路につく人々の流れから離れ、
ついでに下の河原へ降りて散策してみるコトにした。

せっかくだから、低い視点からの眺めを見ておきたい。
左岸には起伏の多い河川敷があり、細い支流も流れている。
いったん橋の上流側へ回り込めば東に川面を望む場も見つかる
とは思いつつも、未明に踏みこむのは難しいと判断して
橋の上の撮影を決定したが、明るくなれば歩くのも容易だ。

支流の流賂は、冬の水量減のおかげか、部分的に途切れていた。
上流に少し踏みこんだところ、その切れ目が見つかった。
枯れ草の中、踏み分け道が下流へ向かって続いている。
橋より下流のあたりで支流の川沿いに出ると、足許は霜柱。
その上には、一面に長い霜の結晶を生やした落ち葉があった。

目の前の支流の水面は数mmの厚みで結冰している。
これが、お誂え向きに東の方角へ続く構図だった。
さらに向こうは、本流との間を隔てる枯れた叢。
だいぶ高度を上げた太陽が、背景に入り込む。
もはや初日の出とは言い難いが、これもまた佳い景色である。

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2009.01.02

一富士二鷹三茄子四籤等無為乃法

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社交的な人物における射幸心と信仰心との関係について考察
してみようと思い立ったのは行きつけの床屋でのコトだった。
(髪切処が交流の場を兼ねるのは古今東西共通なのかとも思う。
手先を使う髪切職人と動けない客、いずれも口なら動かせる)

ある客が、宝籤は番号選択式でなければ買わないと言い張る。
そうでない宝籤を買うとしても売り場で番号を指定するとか。
自分自身で選択した結果であれば外れても諦めがつくが、
そうでないハズレでは受け入れられないのだという論らしい。

他の客も店員も、多くは同意見だと口々に言い、雑誌などで
得た番号選択式宝籤の「必勝法」とやらを、思いつくままに
幾つも並べ立てる。このような射幸心という性格ベクトルは、
同じ要素を持った相手とのコミュニケーションに効果的だ。

その話題がこれほど盛り上がったのだから、居合わせた人たちの
多くは、購入時の些細なジンクスなど細部では個々人で異なる
ものの、おしなべて一攫千金の夢を好むとみて間違いないだろう。
いずれも働き盛りを少々過ぎつつある中高年の男たちばかり。

同時に、ほとんどの人たちが勤め人か、それに類する職業で
あろうとも思われた。生活そのものが博打な自由業ではなく。
もしかすると博打でない仕事の男たちは、半ば本能的に持つ
冒険心を、このような方法で解消しているのかもしれない。

いや、むしろ神仏に頼み事をするキモチという可能性もある。
生活の中に博打的要素がなければ、平坦で面白みのない暮らしだと
感じるときが、ときたまあるものだが、そこから脱出できる可能性
すなわち夢も、ちょっとした冒険心や射幸心には付随してくる。

とりあえずひとつカミサマに願ってみましょうかね。
ちゃりーん。ぱん、ぱん。
。。ooO(今年こそは一山当てられますように……)
……てな具合に、やっていたりするかもしれない。

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2009.01.01

臥嘗・薪胆

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新しい年を迎えるといってもそれは
単に精神的な区切りを越えたに過ぎず
ただそれを社会挙げて認識を新たにする
という行事が幾つか設けられているのだが

それはそれとして気の持ち様は大切であり
こんな些細な区切りであろうと役に立つ
(そう思って使えばのハナシであるが)
累代のヒトが為し来りしシキタリス

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