« 臥嘗・薪胆 | トップページ | A Hazy Shade Of Winter River »

2009/01/02

一富士二鷹三茄子四籤等無為乃法

20090102_20081018678csqs


社交的な人物における射幸心と信仰心との関係について考察
してみようと思い立ったのは行きつけの床屋でのコトだった。
(髪切処が交流の場を兼ねるのは古今東西共通なのかとも思う。
手先を使う髪切職人と動けない客、いずれも口なら動かせる)

ある客が、宝籤は番号選択式でなければ買わないと言い張る。
そうでない宝籤を買うとしても売り場で番号を指定するとか。
自分自身で選択した結果であれば外れても諦めがつくが、
そうでないハズレでは受け入れられないのだという論らしい。

他の客も店員も、多くは同意見だと口々に言い、雑誌などで
得た番号選択式宝籤の「必勝法」とやらを、思いつくままに
幾つも並べ立てる。このような射幸心という性格ベクトルは、
同じ要素を持った相手とのコミュニケーションに効果的だ。

その話題がこれほど盛り上がったのだから、居合わせた人たちの
多くは、購入時の些細なジンクスなど細部では個々人で異なる
ものの、おしなべて一攫千金の夢を好むとみて間違いないだろう。
いずれも働き盛りを少々過ぎつつある中高年の男たちばかり。

同時に、ほとんどの人たちが勤め人か、それに類する職業で
あろうとも思われた。生活そのものが博打な自由業ではなく。
もしかすると博打でない仕事の男たちは、半ば本能的に持つ
冒険心を、このような方法で解消しているのかもしれない。

いや、むしろ神仏に頼み事をするキモチという可能性もある。
生活の中に博打的要素がなければ、平坦で面白みのない暮らしだと
感じるときが、ときたまあるものだが、そこから脱出できる可能性
すなわち夢も、ちょっとした冒険心や射幸心には付随してくる。

とりあえずひとつカミサマに願ってみましょうかね。
ちゃりーん。ぱん、ぱん。
。。ooO(今年こそは一山当てられますように……)
……てな具合に、やっていたりするかもしれない。

|

« 臥嘗・薪胆 | トップページ | A Hazy Shade Of Winter River »