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2009/02/07

出張旅行記(23.5) 8823の帰還

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そして、ヘッドマークをつけた電気機関車が入線してきた。
後ろには青い車体の寝台客車が連なる。「はやぶさ」だ。
前の週に予約をしたのは最後尾車両のB寝台。
個室は完全に売り切れていたのだった。

しかし乗ってみればB寝台は空きが目立つ。
この列車、3月のダイヤ改正で消滅するというので、
ひょっとしたら一時的に人気を盛り返したかと思ったが、
オープンな寝台は人気が低いというだけのようである。

実際、上の寝台も向かいの2段ベッドも、
最後まで他の客が来ることはなかったし、
他のベッドをみても、ほとんど空いていた。
(平日だったからかもしれないが)

鳥栖を出た頃には日が暮れかかっており、
博多へ向かう途中で山の端に夕陽が消えていった。
ベッドは進行方向右側にあるから、
通路側の広い窓の全面で、その景色が見える。

門司で、大分から来た「富士」を後ろに連結する。
「はやぶさ」が先に到着して乗降を済ませた後、
後から来た「富士」をホームに置いて、
いったん東京方面に出てから戻る形になる。

だから「はやぶさ」最後尾車両は、連結の現場だ。
車内の通路にもホームの上にも、カメラを抱えて
多くの人たちが走り回って撮影しているので、
それを眺めているだけでも、興味深いものがある。

門司を出て関門海峡トンネルを抜ければ、そこは本州。
下関で機関車を交換し、夜の山陽本線をひた走る。
……というより、のんびり走っていく。
停車駅も少なからず、ときたま新たな客が乗ってくる。

ベッドに腰を下ろし、缶ビールを空け、
チビチビ飲りながら車窓を楽しむ。
寝台の側の窓からは、ときたま瀬戸内海が見え、
東の空に昇ってきた月が、静かな海面を照らす。

ビールが尽き、車窓に飽きたら読書もいい。
なにしろ時間はたっぷりある。というより、長い。
東京に着くのは翌朝10時頃だから、
一つの県を抜けるのに1~2時間ってトコロか。

岡山以東は、かつてサンライズでも通っている。
あのときは逆方向だったけど。
曇り始めた窓からは、線路の向きによって、
月が見えたりオリオン座が見えたりする。

真っ暗な駅を幾つも通過する深夜。
車掌が巡回がてら車内の照明を暗くして去ってゆく。
車中を歩き回る乗客も減り、いよいよ「寝台」の出番だ。
近くの寝台からは他の乗客の寝息が聞こえてくる。

友たちにメールをしているうちに
気づけば眠気が強くなってきたので、
寝台に横になり、目を閉じれば、
いつの間にか眠っていた。

目覚めたのは、浜松を出て、菊川あたりか。
車販が回ってくるというアナウンスで朝を迎えた。
サンドイッチと、ホットコーヒーを買う。
マトモな時間に朝食をとるのは、こういう機会ならでは。

ホットコーヒーは、ちと薄いが、車内では貴重な
熱いドリンクだ。自販機は隣の車両にあるのだが、
何故か冷たいドリンクしか入っていないのである。
それに、まだ先は長いので、むしろ薄いくらいが丁度良い。

そして列車は、朝の通勤時間を迎えた首都圏の駅の
数々を、まったく他人事のように通過していく。
いよいよ東京に帰ってきた。日常の世界だ。
が、しかし車内は、まだ非日常空間である。

東京に帰り着くまで、残り僅かな時間を堪能。

--

そういえば、小惑星探査を終えて地球へ帰還中の
「はやぶさ」は、イオンエンジンを始動して
軌道変換を再開したトコロだったな。

小さな推力で少しずつ、こっちへ向かってきている。
地球到達まで残すところ16カ月ほどだが、
最後まで気を抜けない旅路が続くコトだろう。

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ところで、もしかしたら、今後しばらく
出張に出る機会がなくなってしまうかもしれない。
例の「100年に一度」の影響で、
出張どころか仕事も減っている。

喰い続けなければヒトは生きていけない。
充分な資産があって、その運用益だけで喰って
いけるならともかく、そんなのは持ち合わせて
ないのだから、仕事して稼ぎ続けねば。

やれやれ。最後まで気が抜けぬ。

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