« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009/02/28

網棚の上のに物を忘れずに

20090228_dscf2786_1sqs


最近、電車内では某スマートフォン(厳密にはHSDPA無線WAN搭載PDAか)を使う。
新聞よりは、ずっと小さくて邪魔にならないので電車内に適しているはずだ。

といっても主に仕事の文書やブログの下書きなど文章の入力に使っていて、
ときたまWebやメールを見たり、電子化された資料を読んだりしている程度。

(入力速度はPCのフルキーの7割程度の入力速度は出ていると思うのだけれども、
小さいから肘も動かさず済んでおり、隣席にも大きな迷惑は掛からないはず)

ある夜の打ち合わせの帰りの電車内、立ったまま文章を入力していたら、
目の前でフラフラしつつ立っていた酒臭い50絡みの男が“ガン見”してた。

PDAと携帯用ゲーム機の区別ができそうな男には見えなかったので、
ゲーム小僧(が年齢を重ねた姿)とでも思ったのかもしれない。

しかもその日は、なんとなく背広を着ずに出ていたものだったから、
余計にゲーマーっぽく思われた可能性が高いような気がする。

だけどその蔑視の背景には職業や服装に対する貴賤の意識が
見え隠れしていて、あんまりキモチの良いものではないよね。

ていうか、「PDAと(中略)男には見えなかった」ていう認識もまた偏見なのだけど、
そういうのをココロの中の棚の上の方にそっと置いてしまうのが、ヒトのキモチか。

|

2009/02/27

自称逸般塵の不通の日記(68) 大は小を兼ねぬ

20090227_20090212216s


たまに通勤電車に乗ると、いろいろ思うコトがあるのだが、
ある日ふと「新聞が電車に適応していない」と思った。
通勤電車内で許容される一人分の個人空間で扱うには
どうみてもあんなものは大きすぎて邪魔な物体なのだ。

しかし単純に通勤電車に適したサイズの新聞を作っても売れまい。
長年に渡って染み着いた固定観念を打ち破れないだろう。
しかも印刷関連コストが高くつくはずだから利益も期待薄。
となれば決して好調でない新聞業界が作るはずもなくて。

むしろ最近の世代ではケータイやモバイル機器でニュースを読む
のが増えてきているようだから徐々に移行していくコトだろう。
そういうのを使わず周囲に邪魔になる巨大な新聞を読み続ける
ような連中は年を経るにつれ社会から減っていくはずなのだ。

結局、「通勤電車に適応したサイズの(紙の)新聞」というのは
登場しないまま、むしろ媒体が世代交代するというワケだな。

|

2009/02/26

岩をも眠る

20090226_20090116176s


疲れているときなど目を覚まして居続けるのが
非常に難しいコトは言うまでもなくて

だけども眠ってしまえば状況は好転するよりも
悪化していくケースが多いのもまた事実で

そうしてしばしば戻れないトコロに至ってから
目覚めていなかったコトを後悔するのがヒトらしい

--
Uターンできなかったら遠回りして行こう
そのコトもまた一つの糧として役立てよう

|

2009/02/25

自称逸般塵の不通の日記(67) 夢の中でも探してみませんかという誘惑

20090225_dscf1157_1s


なお、半覚醒状態で思いついたネタは、自動的に消滅する。
起きた直後、それを思い出しつつ必死にメモしてみても、
後で思い返して明確な筋を辿れるケースは、多くない。

ていうか、夢の中で仕事を終えたつもりになっていたり
ブログ用に面白いネタを見付けたと思い込んでいたものが、
目覚めるうち事実に反しているコトに気付くと、また寝たくもなる。

もちろん、そんな都合の良い期待は裏切られるし、
単に時間が過ぎるばかりだったりするのがオチなのは
今さら言うまでもないハナシではあるのだけれども。

|

2009/02/24

自称逸般塵の不通の日記(66) ジョニー(仮名)の春の闘い

20090224_epsn6823_1ts


このところ妙に、
木に引っ掛かったハンガーを見掛けるコトが多くて、
なんというか気に掛かっていたりする。

ハンガーもストライキしたい季節なのかな、
などと最初は思っていたのだけれど、
むしろ彼らは失業者なのかもしれない。

ウチで働いてもらおうと考えてみたものの、
この背の低さでは手が届かず無理である。
せめて「君は今どこにいるのか」とでも歌ってやるか。

|

2009/02/23

気にしたら負けかな、とか思ってみるのもいいけれど

20090223_epsn6742_1s


個々の選択に対して拘泥しすぎないようにするには、
きっと日頃の気構えだとか心掛けなどというものが、
あった方が良いのだろうと思って考えてみたりした。

重要なのは是か非かの判断を下すコトなどではなく、
機に臨んで変に応じつつ迅速に判断できるくらいの、
知識認識見識意識を常に持ち続けるコトではないか。
その為には常に学び変化を感じ取り自ら思考し続け、
而して判断し行動し結果に納得するようにありたい。
詰まるトコロ考え続けていけるだけの知的持久力を、
そして考え続けるための好奇心など動機付けを……。

遡ると長ったらしくなるが、まあそんなトコロかと。

|

2009/02/22

自称逸般塵の不通の日記(65) 洗濯しない日もあるさ

20090222_dscf2563_1cs


洗濯物は、だいたい2~3日に一度のペース。

できるだけ部屋干ししないようにしているものの、
天候が不規則な時期などは、晴雨のサイクルが
洗濯サイクルと重なって困るコトもあったりする。
しかしそれはそれで季節を実感できる機会でもある。

考えてみれば今の世の中、洗濯なんてのも、
ヒトが自分自身で行う場面は少ないんだな。
ほとんど機械が勝手にやってくれるし、
あるいはクリーニング店に出せばいい。

そして選択もまた、同様な気がしてきた。

並べられたメニューから選ぶような機会が多く、
当の本人は自ら選んでいるように思えるものだが、
その選択肢以外にも実は可能なコトもあるワケで、
ただメニュー外の選択はリスクも大きい、てな程度。

あるいは選択肢があるように見えて実はどれも同じ
だったり、逆に何もなさそうなトコロに実は選択の
余地があって、皆がそれに気付かぬまま選択せず
通り過ぎてしまうような、そんなケースもあるか。

まあそれはそれとして。

何から何まで一人でやるのが上策とは思わないが、
必要に応じてメニュー外を選ぶような意識を忘れず、
リスクなども含めて総合的な判断で選択していきたい。
もちろん「選択しない」という選択肢も含めて。

いづれ洗濯物も擦り切れて着られなくなるまで。

|

2009/02/21

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(19) 選択と、就中その結果

20090221_dscf0370s


そもそも常に的確無比の選択を続けるなど、
ヒトには到底あり得ぬコトなのは、
言うまでもないハナシである。

ヒトが、重要な選択が迫られる局面に於ける
その判断に相当なバラツキが見られるのは、
多種多様かつ変化の絶え間ない世界の中で
少しでも生残可能性を高めるための、
いわば天然の工夫なのではないかとも思ってみたりする。

迷いに迷い、悩みに悩んでそれぞれが
個々に独自の選択をした結果として、
幅広く分散するようになっていて、
その中の誰かは残ってくれるように。
……というワケだ。

だから、間違えたり失敗しちゃった場面でも、
せめて嘆かぬようにしていよう。
どうせまた新たな選択を迫られる局面が、
次々と訪れているのだから、「タラレバ」話を
いつまでも語っている暇はないんじゃないか。

とはいっても、過去の選択があってこそ
今があるのも事実なのであるからして、
選択した事実そのものが消えるワケでもないのだが。

|

2009/02/20

捨-壊-塵

20090220_p6010081s


緩やかに死を迎えつつある過程においては
さまざまなモノゴトを手放さねばならない
――という様子を模擬した死生観の授業があるそうな。

「自分にとって掛け替えのないモノ」を列挙しておき、
段階を進むにつれ一つずつ捨てさせていくのだという。
苦しみの上に、さらに苦渋の選択という痛みが加わる。

そういうのが、現実らしい。

さしずめ今の「100年に一度」の環境下では、
ヒトビトそれぞれが生活の中で大切な事象の
取捨選択を迫られているのだろう。

もちろんソレは個人だけじゃない。
会社だとか地方自治体だとか国なんかも、
いろいろ取捨選択していかねばなるまい。

皆が選択を迫られる、現実。

苦渋とはいえ選択は選択である。
選択されず切り捨てられる部分も、ある。
皆から捨てられやすいトコロってのも。

「死に躰」の環境の中で何を残したか、
この判断が自ずから「格」を示してくれる
――そんな気がしてならない昨今。

|

2009/02/19

たまには時事ネタ(40) いかんせん、列島

20090219_epsn6465_1s


暑さ寒さも彼岸過迄というから、
冷たい空気も残すところ1カ月ほどでお別れか。

かれこれ10年ほど暮らしている部屋は日当たり良好で
夏は暑い代わりに冬でも日中は暖かく過ごせる。

おかげで外出する予定がない日には
昼寝て夜起きて仕事するようなコトも少なくない。

そんな冬の夜は炬燵に入って頭寒足熱。
眠るにも悪くないのが、まあ玉に瑕というトコロ。

こんな不規則な生活ではあるが「煙と同じく高所が好き」
な性質なので風邪をひくコトは少ない。

とはいえ昨年末には珍しく風邪で身動きがとれなくなり
財布まで風邪ひいて床屋にも行けなかったりした。

でも風邪薬の値段も莫迦にならないから大量には飲めないんで
まあ呂律が回らなくなるようなコトはなく、大丈夫(?)だった。

そういえば最近の日本では何か妙な病が流行してる
んじゃないかと思えるようなフシが、ある。

たとえば永田町とか霞ヶ関とか、あるいはそこらへんの
電波塔のあたりから、感染拡大しているようで。

生活習慣病の如く自覚症状なきまま進行してきた病が、
このところになって急に、激しい症状を示している。

あるいは隠れた体調不良のトコロへ新型インフルエンザが
伝染してきたような構図なのかもしれないが。

ともあれ、こういうときには、ちゃんと食って、
暖かくして眠り、焦らず身体の芯から治していくに限るよ。

やりたいコトは沢山あると思うけど、
そういうのは治ってからね。

|

2009/02/18

自称逸般塵の不通の日記(64) 脆弱性は常に意外なトコロにあったりする

20090218_dscf2399_1s


事件や事故は続発しがちなもの。

モバイルPCを充電していたトコロに崩落した書類が直撃。
打ち所悪く、なんとACアダプタのプラグが折れてしまった。
折れたプラグが本体内に残らなかったのは不幸中の幸い。

翌日、出掛けたついでに新たなアダプタを購入してきた。
さらについでに電気街を歩き回って電子部品店を巡り
折れたプラグの代わりになりそうな部品を探してきた。

アダプタ4900円也。プラグは70円くらいだったかな。
この金欠の時期に手痛い出費となってしまったものだが
うまく直せればアダプタ2つを使い分けられて便利にもなろう。

少しくらい、災い転じて福と成したっていいよな。

|

2009/02/17

火を見るより明らかな危機

20090217_dscf2792_1ts


以前、アパートの火災で焼け出された友人の話を思い出した。
最近では豪州の山火事で焼け出された人たちが報道されていたな。

火災、とくに住宅の火事は、
人の心理に大きな影を落とすものだ。

それは考えてみれば無理からぬコトだろう。
衣食住などは、まさにヒトが充足を求めるモノ。

安全であってほしい住居が脅かされれば、それが
ストレスとなって心理的な活動を低下させたりもする。

そして住居内でも安心できぬとなれば不断の警戒が必要と
なるが、しばしばヒトは、そうせず散漫さに逃避しがちだ。

前者は主に本能的な活動、後者は知性を中心とした活動だが、
どちらか一方を常用していられるほど、ヒトの脳は強くない。

だから、安定した注意深さを維持していくには
両方を上手に組み合わせて活用するのが妥当だ。

本能的な警戒心を、気持ちの上での不安感や焦燥感にまで
繋がらぬようにしつつ、その情報を知性で拾い上げるのだ。

--
ましてや今回は焼け出されずに済んだのだから、
それを幸いとして教訓を得て気を引き締めねば。

今のように現実感が希薄なまま歩いていては、
ひょんな出会い頭でも命取りになりかねん。

気を取り直して日常生活に目を向けてみれば
やはり不安定で落ち着かぬ環境なのだから。

そもそも勤め人じゃないのだから仕事の上でも
不断の警戒がなければ安定して続けられない。

自営業なんてのは高度経済成長時代の日本社会の枠に
ほとんど入れてもらえないまま安全網もないので、

転べば即、枠の外まで出てしまうか、あるいは
家族友人知人に支えてもらったりして迷惑をかける。

今年は最初から個人的な事件が相次いでいたもんで、
そんな警戒心の大切さを改めて教えられた気がする。

玄関脇には出しそびれていたゴミ袋が、まだあった。
あの晩、朝になったら出そうと思って用意していたのだ。

そのゴミを日常的に出している集積所とは別方向だが、
ほとんど違わないくらい近くに、あの非日常の現場がある。

|

2009/02/16

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(18) 後にならないと祭りにならない

20090216_dscf2848_1sqs


いろいろと間が悪かった。特に、あの夜は風が強すぎた。
木造アパートを揺らすほどの風の中だったから騒々しくて、
炎が爆ぜる音にも、カーテンと窓を開けるまで気付かなかった。
一方、大して強度もないアパートのくせに密閉性は高いようで、
焦げ臭いなと気付いたときには激しく燃え上がっていたから、
初期消火どころか自主避難が必要なほどだった。

火が出たのは、今は誰も住んでいない古い民家。
区が予算を出して公園にするというハナシだった。
気づけば区の看板や警備会社のシールが貼られるようになり、
ときたま明かりがついていて、関係者らしき人影があったり、
見物して写真を撮って帰る人も、ときたま見掛けるようになった。

--
どうも気持ちが落ち着かないまま熟睡できず夜が明ける。

鼻腔がムズムズするのでハナをかんでみれば真っ黒だった。
部屋中どこも焦げ臭い。すでに火種は残っていないはずだが、
本能的な警戒心が、気を落ち着かせなくしているのか。
炎を目前にしたときの本能的な反応の余韻が未だ残っていて、
いろいろな意味で気持ちが昂ぶっているのかもしれない。

しかも春一番が運んできた南の大気が季節外れの気温を
もたらしたりしたもんだから、妙に現実感が薄い。
未だ周囲に濃く残る煙の匂いだとか、黄色いテープで封鎖
された目の前の道路とか、ほとんど直上でひたすら
低速旋回を続けている回転翼機が五月蠅いコトを除いては。

あまりに現実味がないもんだから、日頃は滅多に行かない
美術館などに、その日は行ってみたりした。
いやそれは実際、以前からの予定だっただけなんだけども。
初夏を思わせる暖かさというか暑さのせいもあって、しかも
通りがかった公園では桜(寒桜)も咲いていて、もう何がナンだか。

しかし帰宅したら、相変わらずスモーキーフレーバーが漂う。
ポストを覗き込んでみればマンションのチラシがあった。
火災に弱い木造を出て鉄筋コンクリートに住めというのか。
狙って投函したものとは思いたくないんだが、
これまたずいぶん間が悪いもんじゃないか。

--
さらに翌日、近所には、ずいぶんと人が増えた。
思い思いに覗き込んだり写真を撮ったりしている。
それなりに広く報道された上に、日曜日なので、
気になって訪れた人が相当いるのだろう。
つまりヒトは、失われてから知って集まるものなんだな。

そんなヒトの性質を、マスメディアは桁違いに増幅するのか。

|

2009/02/15

自称逸般塵の不通の日記(63) 近火の苦しい事

20090215_epsn6772_1s


深夜、なんか煙たいと思って窓を開けたら、
すぐ南側の古い一戸建民家が炎上していた。
折からの春一番に煽られて激しい火の粉と黒煙が吹き込む。
本能が生命の危険を訴えるほどの激しい炎。

大急ぎで119に「近所で火事」と電話し、自室から避難。
幸いにして人的被害も出ず、延焼もほとんどなく鎮火したが、
当分は部屋中に残るスモーク臭に悩まされそうだ。
しばらく燻製モノは食えないかもしれん。

それにしても火災の恐ろしさを改めて実感した。
友人がアパートを焼け出されたのを見舞った際に
現場を見たりしてアタマでは分かっていたつもりだが。
最近、身を以て知らされる事件が多いような気がする。

|

2009/02/14

自称逸般塵の不通の日記(62) 春、一番に困るコト

20090214_dscf2578_1s


毎年、この時期の南風の日は、
気温や湿度の上昇に冬型の身体が
ついて行けず汗をかきまくる。
これが強風よりも悩みどころ。

とはいえ今のトコロ
花粉で悩まず済んでいるのが
まあ救いではあるかな。
(年中鼻炎気味だけれども)

もちろん冬着のせいもあるだろうけど、
代謝が活発だからというのもあろうか。
だからそろそろコートを仕舞ったり
春向けの体質に切り替えていこう。

服装は簡単に替えられるし
体質も習慣を変えれば変わる。
ついでに財布の中も春になればいいのに。
……と、春なのに溜息を吐いてみた。

|

2009/02/13

自称逸般塵の不通の日記(61) 行き当たってばっかりでも生きてりゃ当たるかも

20090213_epsn6732_1tts


行き詰まった感覚に陥ったときには、
新しいコトに取り組んで気分を変えたい。

そこで自問自答してみた。
「やりたいコトって、何なのよ?」

う~ん、何なんだろう。
手当たり次第、何でもかんでも、かなあ。

ただ、何でもかんでも、できるワケじゃないから、
ひとまず手の届くトコロから手を着けている。

知識が広がるにつれて興味も広がっていくので、
その流れに任せて、さらに広げていこうと。

どこかで突き当たっても他に行ければいいさ。
いずれまた適当なニッチも見つかるだろうし。

|

2009/02/12

ニッチの水は甘くない

20090212_epsn5661s


「100年に一度の……」というのは実に便利な言葉だと実感した日、
ニッチへ逃げていたつもりが進化の果ての袋小路にいたと気付く。

だけれども

損するコトなんかより、損した気分になるコトの方が、よっぽど怖い。
だから、そういう気分にならないように「塞翁が馬」の呪文を唱える。

そういえば

草本と木本の転換には100万年程度しかかからない、とどこかで読んだ
ヒトの生活なんか、もっとサイクルが短いのだから、切り替えよう。

|

2009/02/11

たまには時事ネタ(40) 首、斯くして私利隠さず

20090211_epsn6123_1ts


支持率が異常なまでに低下した国家指導者層が、
人気取りだけを目的とした政策を打ち出したら、
それは衆愚への第一歩を踏み出したコトになる。

国民に夢や希望を与える能力がないのにも関わらず
あるかのように見せようとバラマキを繰り返したり、
他所に敵を丁稚上げ攻撃して自分への矛先を逸らす。

「首」自身の名誉欲だのという個人の私利私欲や、
周辺の連中まで集めた党利党略なんかが強く働き、
「起死回生の策」とて国全体を賭けて博打を打つ。

そんな策に民衆が乗ってくればシメたもので、
人気取り策はエスカレートし虚妄はインフレ、
恥を恥で上塗りする社会の一丁上がりとなる。

実体の伴わない期待感に国全体が踊らされた結果
国民全員がツケを払う事態に陥った歴史なんぞは
枚挙に暇がないってのに止められない止まらない。

私利というヤツは、その本人には見えにくいんだけど、
周囲は嫌というほど見せつけられるものだもんだから、
徹底的に出さないようにするくらいでも、まだ足りぬ。

|

2009/02/10

自称逸般塵の不通の日記(60) 浴室の上にも何年か

20090210_dscf0476_1s


そういえば最近、浴室の電球が、ときたま明滅する。
普通の白熱灯なんだが、蛍光灯の真似をしたいのか、
御丁寧にも明滅時には微かな音も伴っていたりして、
それさえも古びた蛍光灯の明滅音に聞こえてしまう。

白熱灯も長じれば化けるコトもあるのかもしれない。
いつも、そう思いつつ、風呂を浴びている。

|

2009/02/09

自称逸般塵の不通の日記(59) 大変だ。眠りを覚ます、工事変。

20090209_dscf2976_1s


近所にあった、古い鉄筋コンクリート集合住宅の取り壊しが進んでいる。
現場は中学校の敷地のさらに向こうなのだが、とにかく揺れに揺れて困る。
大して固い地盤でないとは知っていたが、ここまで酷いとは思わなかった。

作業員が操作する重機の動きによるものだからか、寝台列車の揺れよりも、
不規則で、突発的な動きが混じっているもんだから、なんとも嫌な感じだ。
ヒトの為すコトというのは、だいたいこんなもんだと思うけど、なんだかなあ。

|

2009/02/08

自称逸般塵の不通の日記(58) まだ年寄りってほどでもないが冷や水を浴びそうになった件

20090208_epsn6268_1s


ある深夜、いつものように23:30のニュースを見てから
一風呂浴びようと、風呂場に入ったが、蛇口を捻って
いくら待っても湯が出ない。給湯器の故障らしい。
銭湯が開いている時間ではないし、
寒々しい夜を過ごすコトになるのだった。

そういえば、このアパートで暮らし始めた最初の冬、
同じように給湯器が故障したコトがあった
その晩は近所の銭湯に行き、「神田川」よろしく
出口で妻と待ち合わせをしたっけな。
(広い待合室があったので冷えはしなかったが)

そして、故障した給湯器の修理手配なども、
その冬は妻が一人で済ませてくれたのだった。
しかし天国には、電話さえも通じやしない。
おかげで今、どこから手を着ければいいのか聞けず、
少しばかり不便な思いをしたのであった。

しかし電話も通じないなんて、
向こうは不便なのかだろうか。
実際、どうなんだい?

|

2009/02/07

出張旅行記(23.5) 8823の帰還

20090207_20090115153s


そして、ヘッドマークをつけた電気機関車が入線してきた。
後ろには青い車体の寝台客車が連なる。「はやぶさ」だ。
前の週に予約をしたのは最後尾車両のB寝台。
個室は完全に売り切れていたのだった。

しかし乗ってみればB寝台は空きが目立つ。
この列車、3月のダイヤ改正で消滅するというので、
ひょっとしたら一時的に人気を盛り返したかと思ったが、
オープンな寝台は人気が低いというだけのようである。

実際、上の寝台も向かいの2段ベッドも、
最後まで他の客が来ることはなかったし、
他のベッドをみても、ほとんど空いていた。
(平日だったからかもしれないが)

鳥栖を出た頃には日が暮れかかっており、
博多へ向かう途中で山の端に夕陽が消えていった。
ベッドは進行方向右側にあるから、
通路側の広い窓の全面で、その景色が見える。

門司で、大分から来た「富士」を後ろに連結する。
「はやぶさ」が先に到着して乗降を済ませた後、
後から来た「富士」をホームに置いて、
いったん東京方面に出てから戻る形になる。

だから「はやぶさ」最後尾車両は、連結の現場だ。
車内の通路にもホームの上にも、カメラを抱えて
多くの人たちが走り回って撮影しているので、
それを眺めているだけでも、興味深いものがある。

門司を出て関門海峡トンネルを抜ければ、そこは本州。
下関で機関車を交換し、夜の山陽本線をひた走る。
……というより、のんびり走っていく。
停車駅も少なからず、ときたま新たな客が乗ってくる。

ベッドに腰を下ろし、缶ビールを空け、
チビチビ飲りながら車窓を楽しむ。
寝台の側の窓からは、ときたま瀬戸内海が見え、
東の空に昇ってきた月が、静かな海面を照らす。

ビールが尽き、車窓に飽きたら読書もいい。
なにしろ時間はたっぷりある。というより、長い。
東京に着くのは翌朝10時頃だから、
一つの県を抜けるのに1~2時間ってトコロか。

岡山以東は、かつてサンライズでも通っている。
あのときは逆方向だったけど。
曇り始めた窓からは、線路の向きによって、
月が見えたりオリオン座が見えたりする。

真っ暗な駅を幾つも通過する深夜。
車掌が巡回がてら車内の照明を暗くして去ってゆく。
車中を歩き回る乗客も減り、いよいよ「寝台」の出番だ。
近くの寝台からは他の乗客の寝息が聞こえてくる。

友たちにメールをしているうちに
気づけば眠気が強くなってきたので、
寝台に横になり、目を閉じれば、
いつの間にか眠っていた。

目覚めたのは、浜松を出て、菊川あたりか。
車販が回ってくるというアナウンスで朝を迎えた。
サンドイッチと、ホットコーヒーを買う。
マトモな時間に朝食をとるのは、こういう機会ならでは。

ホットコーヒーは、ちと薄いが、車内では貴重な
熱いドリンクだ。自販機は隣の車両にあるのだが、
何故か冷たいドリンクしか入っていないのである。
それに、まだ先は長いので、むしろ薄いくらいが丁度良い。

そして列車は、朝の通勤時間を迎えた首都圏の駅の
数々を、まったく他人事のように通過していく。
いよいよ東京に帰ってきた。日常の世界だ。
が、しかし車内は、まだ非日常空間である。

東京に帰り着くまで、残り僅かな時間を堪能。

--

そういえば、小惑星探査を終えて地球へ帰還中の
「はやぶさ」は、イオンエンジンを始動して
軌道変換を再開したトコロだったな。

小さな推力で少しずつ、こっちへ向かってきている。
地球到達まで残すところ16カ月ほどだが、
最後まで気を抜けない旅路が続くコトだろう。

--

ところで、もしかしたら、今後しばらく
出張に出る機会がなくなってしまうかもしれない。
例の「100年に一度」の影響で、
出張どころか仕事も減っている。

喰い続けなければヒトは生きていけない。
充分な資産があって、その運用益だけで喰って
いけるならともかく、そんなのは持ち合わせて
ないのだから、仕事して稼ぎ続けねば。

やれやれ。最後まで気が抜けぬ。

|

2009/02/06

出張旅行記(23) 松浦川の左岸を鳥栖へ

20090206_dscf2901_1s


今年最初の出張は、佐賀・唐津だった。

ここは玄界灘というか日本海が目の前なワケで、
そりゃ当然、魚介も旨い。
ていうか日本の沿岸ほぼ何処であっても
新鮮な魚介に事欠かないのだろうけれど、
特に冬の日本海の味覚は、大好きだ。

そして日本海に面しているだけに雪も降る。
同行者はレンタカーを借りる際、念の為にと
スタッドレスタイヤを指定していた。
今回の出張では幸いにして好天に恵まれたが、
その前後には雪の日もあったので。

さて、今回は帰りに遠回りをしてみた。
まず唐津から佐賀を回って鳥栖へ向かう。
博多方面と比べると本数が非常に少なく、
駅で土産を買っていたら1本逃してしまい、
1時間弱、待つコトになってしまった。

他の乗客は、あんまりいない。
いても、大半が博多方面に乗っていく。
待合室でメールを打ったりして時間を潰し、
ようやく入線してきた列車に乗り、
進行方向、左側の席に座った。

ほぼ松浦川に沿って走る路線だ。
おおむね左岸を走っているから、
川を遡る方向の列車では、左側の席の方が
見晴らしが良いのだと、走り出して気付く。
川沿いの狭い平地に耕地が広がり、住宅が点在する。

途中の本牟田部駅を出ると線路は分岐、
此方は川を渡り、彼方は山間へ向かう。
後で調べてみれば伊万里へ向かう線だった。
そっちが筑肥線の本線で、佐賀へ向かう
路線は唐津線というコトになるようだ。

中多久駅のあたりは、山々が近くに見える。
ひときわ高く、うっすらと雪を被った山は、
1000m超の天山という山であるらしい。
心配していた雪は、結局のトコロ
ここだけでしか見られなかったな。

そして久保田からは長崎本線を走る。
鳥栖へは、佐賀で乗り換えねばならない。
ここで、時間短縮のため特急に
1区間15分だけ乗るコトにした。
自由席で300円だから、まあ良かろう。

ホームは結構、混んでいる。
ちょうど下校時間か、高校生が多い。
そして、特急待ちのビジネスマンらしい人たちも。
そりゃそうか、都市間の移動で普通列車に
乗ってたりしたら、時間が掛かって仕方がない。

だもんで特急自由席は、空席が少ない。
今度は、目についた右側の席に座ったが、
後で調べたら吉野ヶ里遺跡は左側だった。
おかげで完全に見落としてしまった。
残念だが、また来る機会もあるだろう。

鳥栖駅では、乗り換えに30分ほど間がある。
ここからの乗車券を事前に購入してあるので、
買い出しを兼ねて改札を出てみる。
前日、東京でたまたまニュースを見ていたら
この駅前に雪が積もっていたような、なかったような。

てなワケで駅前のコンビニにて、缶ビールと
サンドイッチと少々のスナック類を買って、
ホームで他の列車を眺めつつ時間を待つ。
そういえば九州の特急はユニークなのだった。
いろいろな顔の特急列車が次々に来て、出て行く。

熊本から来る地味な顔のヤツは、もうすぐだ。

|

2009/02/05

自称逸般塵の不通の日記(57) くしゃみ3回、レレレのレ

20090205_dscf2143_1sqs


パスワードで守られたサービスなどでは、
連続3回間違えると入れなくなるようなものが多い。
では、嚔を連続3回かき消してしまうと何が起きるのだろう?

昨年末の風邪が治りかけだった頃の、ある朝の出来事――。

1.目覚めた直後に鼻腔が乾燥していたことから出そうになった嚔は、
 咳にかき消された。喉も乾燥していたのだった。

2.水分を摂ろうと思い、飲む前に茶でうがいをしていたら、
 その最中に嚔が出そうになったので、つい一緒に飲み込んでしまった。

3.その後、リンゴを剥いていたら嚔が出そうになったのだが、
 あろうことか欠伸に化けて消え失せてしまった。

しかし、その日は、さほど日常から変わった点はなかった。
一つだけ違ったといえば、万年筆のインク瓶が開かなかったくらいか。
なのでカートリッジ式の万年筆で、出掛けたのだった。

時と場合に依り違いがあったりするかもしれないが、
少なくとも今回は大した問題ではなかったようである。

|

2009/02/04

自称逸般塵の不通の日記(56) そういえば立春だっけ

20090204_epsn6236_1s


ところで最近、某散歩雑誌を持参して歩く人を、
近所で頻繁に見掛けるような気がしてならない。

「この時期、まだまだ暖かくない日が多いけど、
梅が花盛りだったりするから、散歩も悪くない」

てな具合に考えて、ちょっと出歩いてきたのか、
まあこれも一つの「春」の兆候と言えなくもない。

|

2009/02/03

自称逸般塵の不通の日記(55) あんときの時代は良かった

20090203_dscf2083_1s


先日、出入りしている事務所で場所を借りてミニノートで作業していたとき、
通りすがりに「S社のPは買わないのか」と話し掛けられたが、
「まず間違いなく買わないでしょうね」と即答したのだった。

仕様をみれば、半年前に購入して使っている今のヤツよりも、
あらゆる面で大幅に上回るのは間違いないんだけれども、
でも、なんだか食指が動かないのである。欲しいとさえ思えない。

まず一つの理由は、スペックを追求するのに飽きてしまったコト。
最近では非力な端末でも非力なりに使えるサービスが増えたし、
それを使う手や頭脳も、また非力さに慣れてきていたりする。

そしてもう一つ、「ファッショナブル」だか「スタイリッシュ」だか、
要するにオサレな感じが、どうしても気に入らないという理由。
草臥れて薄汚れた中年男には、どうにも似つかわしくない姿でね。

機器の扱いも、それほど丁寧ではない。たまに手入れくらい、
するけれど、仕事で使っていれば、ときに不注意で傷つけたりする。
そうなれば、あのツヤツヤな塗装が、醜く剥がれていくだろう。

そんなのではなく、もっと地味で、長期間酷使して傷だらけになっても
むしろ似合うようなのがいい。ただし、いかにも頑丈そうな印象を前面に
出したデザインなんぞは「バンパーカバー」的な嫌味を感じて好かぬが。

最近の電子機器や家電は、どうも上っ面だけ繕ったように思えてならぬ。
たとえば無塗装の樹脂だった時代のノートPCや、同時代のカメラなどが、
今も懐かしく思えて手放せないのは、もしかしたら刷り込みだろうか。

あるいは、妙に洒落たモノを敬遠する性格ってだけなのかもしれんが。

|

2009/02/02

自称逸般塵の不通の日記(54) 他に、利すべきモノを持てるか

20090202_dscf0401s


国家てのは、しばしば利己主義化してしまいがちなもので、
それが世界中を巻き込む問題になるコトも少なくない。
特に米露中あたりの超大国となると、影響は非常に大きいが、
実際に連中が利己主義的政策を実行している例は少なくない。

余談だが、「北方領土ビザなし交流」に出入国カードを要求した
という件なども、ある種の大国エゴに相当するかもしれない。
しかし、これに対し日本では態度を硬化させている様子も
みられるが、いささか短絡的な反応のようにみえてならない。

「出入国カードを出せば領土でないと認めたことになる」
なんて意見もあるようだけれど、どうなんだろう。
日本には、かつて占領下の時代があったのだし、
一部の島々は、その後しばらくしてから返還された。

今そこは実効支配されている状態にあるのだと認めた上で、
旧情復帰すなわち返還を求めるという考え方も可能と思うのだ。
今、どうなっているかという現実をきちんと把握した上で、
将来的にどうするか考え、行動していった方が良いんじゃないか。

こんな一件をみるだけでも、利己心と短慮とが見え隠れする。
そういう例は枚挙に暇がない。それこそヒトの、個人対個人
という最小スケールから、国家対国家の巨大スケールに至るまで、
あらゆる規模で、かつ歴史的にも常に、見受けられる。

法人が株主の利益や会社の財務を最大にしようとするあまり
容易に利己組織化してしまうコトを考えれば、国家だって
利己主義化する方向にあるのは説明するまでもないワケだが、
しかしそればかりでは、不幸が増えるばかりではないだろうか。

なにしろ利己は排他に繋がり、エスカレートしていくのが常だ。
行き着く先は、しばしば両者ともに損をする残念な結果となる。
それを早い段階で避けるには、ある程度は利他的な行動をする
必要があるし、むしろ利他的な方が特をするコトも少なくない。

ヒト集団が利己主義化していくシナリオは、以前にも何度か考察
してきたが、その根本には集団に関与するヒト自身の利己心がある。
それらが集約されて組織の中で増幅されていった結果として、
組織全体の強力な利己的行動として現れるのである。

個人が自身の利己や、その所属する組織の利己のみを考える
ばかりで他の利己を認めないという姿勢が、また主として短期的な
考え方に基づいて利益を考える傾向が、その増幅をもたらす。
簡単な言葉で言えば、「視野が狭い」というトコロだろうか。

ならば逆に、それとは違う方向を目指し続けねばなるまい。
他より広い視野を持って、また他より長い視点で考えて、
そうして将来像を思い描き、実行するようにしていく。
とても陳腐な表現かもしれないが、「ビジョン」というヤツだな。

ヒト集団が利己主義化しないようにするには、まず集団内の
ヒトの利己の程度を抑制し、長い目でモノゴトを考えるよう
動機付けていかねばならないが、これを実行するのに最適な
立場は、集団を率いる地位にあるヒトorヒト少数集団であろう。

法人はステークホルダーに対し、国家は国民や諸外国に対し、
それぞれのビジョンをきちんと説明できているのか。
いやそれ以前に、そもそもトップが語れるだけのモノを
持っているのかどうか、そここそが問題になってくるだろう。

でなけりゃ衆愚のままに不幸な国家となっていくのを避けられまい。

|

2009/02/01

自称逸般塵の不通の日記(54) 遙かなるジョージア

20090201_epsn6738_1ts


u君が贈答品を買うのに付き合って
百貨店の酒売り場を歩いていたら
見慣れぬ瓶のワインを見付けた。

ガラス瓶ではなく陶器の瓶のようだ。
グルジア共和国産のワインだという。
気になるので買ってみるコトにした。

ユーラシア大陸を東西南北に結ぶ交易の
要衝であり、コーカサス山麓の温暖な
気候の中に伝統を守り抜くキリスト教国。

しばしば諸帝国の勢力に翻弄された
歴史があり、昨年にもロシアとの紛争に
苦しめられたコトが思い出される。

日本で知れる彼の地の様子は、その程度。
しかしワインの美味さなんてのは、
やはり飲んでみなけりゃ分からぬ。

而して飲んでみれば驚いた。こりゃ甘い。
いわゆる西欧系ワインの「甘口」
というのではなくて、本当に甘味。

考えてみれば日本で買えるワインは
西欧諸国やその影響を強く受けた
新大陸系のワインが大半を占める。

でもそれは「葡萄を醸した酒」の中の
狭い一つの分野に過ぎぬのではないか。
そして他を見落としてたりしてないか。

実際のトコロ、この甘いワインの方が、
かつて地中海世界で広く親しまれていた
本来の姿を残していたりするかもしれない。

|

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »