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2009/02/17

火を見るより明らかな危機

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以前、アパートの火災で焼け出された友人の話を思い出した。
最近では豪州の山火事で焼け出された人たちが報道されていたな。

火災、とくに住宅の火事は、
人の心理に大きな影を落とすものだ。

それは考えてみれば無理からぬコトだろう。
衣食住などは、まさにヒトが充足を求めるモノ。

安全であってほしい住居が脅かされれば、それが
ストレスとなって心理的な活動を低下させたりもする。

そして住居内でも安心できぬとなれば不断の警戒が必要と
なるが、しばしばヒトは、そうせず散漫さに逃避しがちだ。

前者は主に本能的な活動、後者は知性を中心とした活動だが、
どちらか一方を常用していられるほど、ヒトの脳は強くない。

だから、安定した注意深さを維持していくには
両方を上手に組み合わせて活用するのが妥当だ。

本能的な警戒心を、気持ちの上での不安感や焦燥感にまで
繋がらぬようにしつつ、その情報を知性で拾い上げるのだ。

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ましてや今回は焼け出されずに済んだのだから、
それを幸いとして教訓を得て気を引き締めねば。

今のように現実感が希薄なまま歩いていては、
ひょんな出会い頭でも命取りになりかねん。

気を取り直して日常生活に目を向けてみれば
やはり不安定で落ち着かぬ環境なのだから。

そもそも勤め人じゃないのだから仕事の上でも
不断の警戒がなければ安定して続けられない。

自営業なんてのは高度経済成長時代の日本社会の枠に
ほとんど入れてもらえないまま安全網もないので、

転べば即、枠の外まで出てしまうか、あるいは
家族友人知人に支えてもらったりして迷惑をかける。

今年は最初から個人的な事件が相次いでいたもんで、
そんな警戒心の大切さを改めて教えられた気がする。

玄関脇には出しそびれていたゴミ袋が、まだあった。
あの晩、朝になったら出そうと思って用意していたのだ。

そのゴミを日常的に出している集積所とは別方向だが、
ほとんど違わないくらい近くに、あの非日常の現場がある。

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