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2009/03/29

坂を下っていたら雲なんて見ていられないもんな

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「雑録 明治の情報通信 明治を支えた電信ネットワーク」(鎌田幸藏/近代文芸社)
「海の史劇」(吉村昭/新潮文庫)
「東郷平八郎伝 日本海海戦の勝者」(星亮一/光人社NF文庫)
「戦艦ポチョムキンの反乱」(リチャード・ハフ、由良君美訳/講談社学術文庫)

最近読んだ本、の中の一部を並べてみた。
日本海海戦と周辺事象、というトコロ。

一世紀ちょっと前の日本というのは、その四半世紀
ほど前の時代と比べれば大きく違っていたものだし、
逆に四半世紀後の時代と見比べても、やはり
ずいぶん違った雰囲気があったように感じられる。

考えてみれば、四半世紀も経ってしまえば
社会の中心となるヒトが一世代違うワケで。

「維新の元勲たち」の下、最前線で戦ったような人たちが
明治時代後半には政治や軍事、産業の中枢で活躍しており、
そのときに最前線だった若者たちが昭和初期あたりになると
ちょうどピラミッドの頂点に立ったりしていたものといえる。

こうした関係は昔からずっと続いていたものであろうが、
情報量の多い近現代の中で探ると、ことさら明確に分かる。

さらに後の世代でもまた同様の関係が続いているではないか。
大戦中に死を免れた若者たちが死に物狂いでに働いた次には、
物質的に恵まれた世代が世を謳歌するようになり、そして
精神的に恵まれなかった世代が次に擡頭してきたりする。

人間万事塞翁が馬とはヒト個体に限ったコトではなくて、
ヒト集団にも同様に適用できるような気がしてならぬ。

あるいは喩えるならば大気中に生じた無数の氷粒や水滴の如く
億ものヒト個体の多くが大同小異の経緯を辿りつつ
同じような糾える縄の如き禍福を経験して、
これが雲のように世相を形成するのか。

それにしても、これから後に続く世代は果たしてどのように
なっていくのか、興味津々、期待半分不安半分というトコロ。

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