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2009.04.29

出張旅行記(25.6) ボラボラの散歩道

20090429_epsn7335_1s


宿では最初に写真データの取り込みを行った。
さすがに疲れているのでRAWデータの現像は後日。
しかもシャワーも浴びず、まず一眠りしてしまう。
(最近は自宅でも、こんな夜の過ごしかたをしていて
生活サイクルの見直しを図った方が良いとは思う)

目覚めてみれば午前3時頃。概ね予想通り。
しかしダイヤを調べたりメールチェックなどしていると、
身体が冷えていたのか鼻水が止まらない。
シャワーを浴びると身体も暖まったようで
鼻の調子も落ち着いたが、再び眠くなってしまう。

6時頃に起きるつもりが8時だった。
まあ、そんなコトもあろうかと、ダイヤを調べつつ
バッファ時間を盛り込んでおいたので大丈夫。
途中の散策場所を減らすなどすれば、
予約しておいた帰りの特急にも間に合う。

ともあれ、急ぎ身支度してチェックアウトして駅へ。
早ければ金沢0736発の電車で出るつもりだったが、
改札で時計を見上げれば0834。次の七尾行きは0840発。
ホームに上がれば、どうやら間に合った。
(ていうか、昨日と似たような状況?)

やれやれ。また朝飯前の旅となってしまった。
とはいえ今日は天気も良い。ほぼ快晴だ。
昨日の朝とは違って、もう日は高く昇っており、暑い。
しかしそんなコトもあろうかと、今日はホームの
自販機でペットボトルの茶を買ってから乗ったぞ。

津幡までの北陸本線区間では、隣に強固そうな、
真新しいコンクリの高架橋が続いている。
これは建設中の北陸新幹線らしい。
往路の「北陸」車中でも、「富山駅は新幹線ホーム工事に伴い
駅構内の一部が狭くなっている」とアナウンスがあったっけ。

以前は、「新鹿児島」に変わる直前の西鹿児島駅を訪れたコトがある。
九州新幹線開業が迫った頃で、駅舎内には巨大な看板が出ていたっけ。
一昨年の夏に青森を訪れたときにも、車窓から新幹線の工事現場が見えた。
新幹線の工事中の現地に出くわす機会は少なくないようだ。
(在来線でも、高知出張は旧駅舎を廃止する直前だった記憶がある)

あるいは、日本中で幹線列車の更新が行われる時期に入っていて、
たまたまその末端を訪れる機会の多い仕事であるというだけかも。
その一方、地方の支線は、扱いが微妙なトコロも少なくない。
この普通列車も風雪のせいか、窓越しに撮影すると
必ずソフトフォーカスになってしまうのであった。

まずは最初の目的地、羽咋駅を降りて歩き回る。
そこそこの市街地があり、海も遠くない。
神社が多いので巡ってみようと決めたのだった。
静かな街並みをブラブラ歩いていけば、遠からず海へ出た。
自動車道の下の通路を抜けると、青い空と海、そして白い砂。

眩しい。

暑い。

しばし放心してしまった。

砂浜は、砂浜にしては歩きやすい方だったかと思う。
波打ち際から少し離れ、湿って締まった砂が、いちばん固い。
足だけじゃなくタイヤの轍も、このあたりを通るのが多い。
南の方に目を向ければ、浜辺に何台かの車が停まっている。
レストハウスらしき建物もある。あっちへ向かおう。

途中、バンの屋根に乗ってカメラを構えている男がいた。
レンズの前には小さな台が置いてある。
海岸を背景に使って何かの小物を撮影しているらしい。
なかなか良い選択だな。少なくとも都会では得られないし。
加えて天候にも恵まれたから、いろいろ期待できそうだ。

レストハウスに近づくと、エンジン音が聞こえてくる。
水上バイクで出ようとしている集団がいるらしい。
海の近くで暮らしていれば、海と戯れる趣味も良かろう。
個人的には水上バイクより小舟の方が好きだけどな。
まあどっちにしろ稼いでなけりゃ楽しめないんだが。

レストハウスを目指してきたのは、「大伴家持の歌碑」が
近くにあるというので、それを見てみようと思ったのだ。
まず砂浜の背後の砂の土手に上がってみる。
しかし目の前の立派な石碑かと思ってみてみれば、違った。
探してみれば歌碑はレストハウスの裏手側ではないか。

しかもコンクリっぽい……。

しばし放心してしまった。

さて気を取り直して。

そろそろ羽咋滞在時間の残りが気になりつつあるので、
再び市街地を抜け、さっさと駅へ戻っていこう。
羽咋では電車1本分の時間を余計に費やした。朝の分を含めれば2件目。
もっとも、マージンたっぷりの予定を立てておいて、
後で帳尻を合わせているだけなのだけれども。

さらに途中で少し寄り道をしたが、サンダーバードを待つのに
程良いくらいのタイミングで駅に到着できた。
ふと空腹なのを思い出して、駅の売店で握り飯を2つ。
これが、この日の最初の食事である。
やはり今日も朝飯前に歩き回ってしまった。

ホームのベンチで食っていると、隣にレンタサイクルが置いてあった。
そういえば、あるんだった。(たしかどこかで案内は見ている)
これに乗れば、もう少し遠出できただろうな。
あるいは早く回れきたかもしれない。まあいいけどね。
歩くのは好きだし、浜辺で難儀したかもしれないし。

--
サンダーバードに乗ったので和倉温泉が終点となるが、
のと鉄道への乗り換えは七尾駅で行うコトにした。
近くの席の中年女性2人組が喋っている中で
「どうせ空いてるから終点まで行っても大丈夫」と。
その意見に同意しつつも、余裕をもって乗ろうと考えた。

のと鉄道には、休日のみ利用可能の1日フリーパス券を購入し、
七尾駅の「のとホーム」で乗り換える。
実際、七尾を出る頃には席もほとんど埋まっていた。
ただ、和倉温泉で降りる客も少なくなかったので、
結局、中年女性たちも余裕で座れたのだった。

和倉温泉駅のホーム上には「七尾線電化記念」碑があった。
後で調べてみれば1991年のコトだったという。
同時に非電化区間が三セクとして切り離された。
しかし車両は、分離した後に更新したらしく、
かなり新しい気動車で窓も車体も綺麗な状態。

のと鉄道の車窓からは斜面に地層も見えた。
黄褐色の砂岩らしく、脆そうな印象だ。
附近の耕土も黄褐色が中心。
太平洋側では東海~近畿地方にかけて見られるような
土質に近いような感じを受ける。

しかし、笠師保駅を過ぎたあたりでは、
水の入った田の2枚ほどが赤っぽく見えた。
あれは客土だろうか。その田だけ少し厚みがあった。
いや、水が入って代掻きが行われた田では
赤っぽいのが多いようにも見える。

水田だけが選択的に赤いとすれば
何世紀も続けられた稲作の結果として、
土質が変わったせいなのだろうか。
だが圃場の区割りからみて近代になってからの
土地改良を経ており、その可能性は考えにくい。

さらに先の西岸駅あたりで、そのヒントが見えた。
ところどころ赤っぽい岩が露出している崖もあった。
同じく砂岩のようではあるが、鉄分が多いのだろう。
とすると能登は、思った以上に
複雑な地味なのかもしれない。

そういえば「大きさや形状からすると能登半島は
佐渡島が本州にくっついたような感じ」などと
出発前に仕事仲間と話をしていたっけ。
とすれば佐渡と同じように多様な地質が混在していてもおかしくないか。
我ながら、よくぞ言ったもんだ。

なお、笠師保あたりは地形的にみれば谷に相当する。
志賀町から七尾西湾最奥部あたりにかけて、さらに先は能登島の
西端を区切ってさらに先の能登半島先端部の南東岸を形成している。
要するに笠師保駅の南側あたりが谷間であり、このあたりを境にして
丘陵部の地質が微妙に違っていてもおかしくないというワケだ。

ちなみに、能登半島における谷間としては、
他にも羽咋から七尾にかけて七尾線が通るあたりもそうだ。
七尾線の走る平地を挟んで左右に断層があるらしい。
車窓からも、比較的明瞭な斜面が両側に見てとれた。
その先を延長すれば七尾南湾と能登島の間を抜けていく。

これだけの山襞が繰り返される褶曲地形の中なのだから、
少なからず断層も含まれているのは当然だろう。
それぞれの谷間部分はもちろん、海と陸の境目
だとか海底谷なども含めれば相当な数となるはず。
そのうち、調査されているのは、どれくらいの数だろうか。

考えてみれば2年ほど前にも輪島市付近を中心とした地震があった。
まあ大概、日本列島にいる限り、地震や火山などと無縁では
いられないものであるから、用心しておくに越したことはなかろう。
もちろん、あんまり心配しすぎても生活は大変だけれども。
しかしいずれにせよ、地殻変動こそが変化に富んだ地形を造り出す。

造山運動という言葉もあるくらいだ。
山がなければ谷もできず川もなく、
川がなければ肥沃な平野もできない。
沃野がなければ都市を築き上げるのも困難。
もちろん経済や文化の発展も、難しかろう。

--
線路は、しばしば見晴らしの良い場所を通る。
斜面の上の方を走る線路からは、小さな入江や集落を見下ろせる。
ところどころの入江には「ボラ待ち櫓」があったり、
こんもりと木が茂って小島のように見える小さな神社も。
何百年も、集落を見守り続けてきたのだろう。

さて、桜が有名という能登鹿島駅では、
残念ながら満開を過ぎて散りかけていた。
(能登中島駅の桜は時期的に良かったんだが)
ここは当初の下車予定駅だったが、羽咋の一件によりパスした。
結果的に、それで良かったのかもしれない。

終点の穴水では次の列車で折り返す予定だが、
待ち時間があるので駅を出て港まで歩いてみた。
まずは、おおよその見当をつけて歩く。
川にぶつかったトコロで山の反対側へ折れる。
すると、すぐに岸壁へ辿り着いた。

岸壁は真新しく白いコンクリで固められている。
ボラードも、ペンキ塗りたての新品ピカピカ。
他の設備が見当たらないので供用前なのだろう。
もしかしたら、先の地震で被害を受けて再建したか。
あるいは関係なく新たに作ったものか。

港から七尾北湾へ向けて出る狭い水道の向こうには、
北アルプスらしき山陰が綺麗に見える。
広々とした岸壁を歩きながら眺めれば、
港の出口の水道の先に能登島の脇を抜け富山湾へ出る水道が見え、
その向こうに山々が見える、幾重にも折り重なった景色となった。

岸壁の近くにはバス営業所がある。
帰りがけにそちらを通りがかったとき、
足許のクローバーから4小葉と5小葉を各1つずつ確保。
あると直感したが、予想以上だった。
さすがに5小葉は久し振りなので、ちょっと嬉しい土産だ。

そういえば、街中ではあるが舗装の隙間には草が多く見られる。
もっと人口密度が高い地域なら人の手が頻繁に入るワケで、
たとえば上下水道や都市ガスの工事が行われたりして
掘り返した上で舗装しなおしたりするのだから、
自然に人工的な環境が保たれるものだ。

しかし、ある程度以下の人口密度では、
そのような作用よりも生物の成長が勝って、
都市にない景観を作り上げるのであろう。
路面を見れば、経済活動の密度が見えるのかもしれないな。
今度から、気をつけて見るようにしとこう。

自他共に認める散歩好きであり、
散歩ばかりしてるのは事実だが、
アシを使うと同時にアタマも使うので、
散歩というのはスポーツなどでは決してなく、
むしろ高度な知的活動なのだと認識している。

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