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2009.04.30

出張旅行記(25.8) 帰途のこと

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穴水から先は、すでに廃線となってしまっている。
残念だが引き返すしかない場所だ。
それに、帰りの列車の時間が迫っている、

ちなみに未明に計画していたのは、こんなルートだった。
金沢0736-羽咋0841
羽咋1041-七尾1108
七尾1118-能登鹿島1150
能登鹿島1253-穴水1300

それが、朝の出遅れと、羽咋での散策延長で、こうなった。
金沢0840→羽咋0940
羽咋1152→七尾1210
七尾1219→穴水1300

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1時間ほどの散策を終えて穴水駅に戻って周辺を観察していたら、
ホームに隣接した建物に「のと鉄道本社」とある。
小さな鉄道会社だ。いろいろと大変なコトもあろう。
駅員が構内の売店の販売員も兼ねていたりするし、
さらに加えて事務作業も行っている、という様子。
間接部門の職員数はギリギリまで削っているはず。
だから兼務は致し方ないコトなのだろう。

折り返し、穴水1408発に乗る。和倉温泉着は1441。
帰りは「はくたか21」-「Maxとき344」を予約しており、
この列車に乗らねばならない。当然、途中下車も不可能。
要するに、ここから先は車窓を楽しむ旅というワケだ。
重たい鞄を担いで歩くのも、乗り換えのときくらい。

往路と同じく七尾湾に面した車窓を眺める。
それにしても車中、デジタル一眼レフが目立つ。
少なくともEOS50Dと、アサペンのKシリーズは確認した。
(ちなみにR-D1は電池残量がギリギリとなっていたので、
往路に目をつけたいくつかのポイントで撮影するに留める)

土曜日だし、乗客は観光客が大半のようだ。
往路より客が多いので、ひょっとしたら能登空港で降りて
金沢方面へ向かうような客も含まれているかもしれないな。
ただし、おそらくは日本人ばかり。
少なくとも車内で耳に入った会話は日本語だけだった。

日本人が多いというのは平日と土日の違いもあるかもしれん。
そもそも金沢城・兼六園といった有名どころと比べれば、
能登半島というのは通向けの旅行先といえるんだろうし。

気動車NT200形はワンマン1両編成なので乗務員席が近い。
田鶴浜駅と和倉温泉駅ではATSのベルも鳴っていたのに気付く。
車体には「Sw」表記があったからJR西との連携もあるのだろう。

七尾も同様にATS地上子が設置されているはずだと思うが、
それを確認する前に和倉温泉で「はくたか」乗換のため下車。

乗るのは「はくたか21号」。「サンダーバード36号」の次だ。
待ち時間があるので、今のうちに土産を買っておこう。

特急はいずれも、ここまで客を乗せてきて折り返す。
温泉地だけに宿の送迎車が何台も駅前に停まっていて、
改札前で宿の旗やプレートを掲げ予約客に声をかける。
時間と予算があれば、そういう旅も、悪くないよな。

赤いラインの入った北越急行683系「はくたか21号」は、
少し遅れて到着したが、折り返しの定刻発車には間に合いそうだ。
土曜日に東京へ向かうルートだから、さすがに空いている。

東京を出る前に予約しておいた座席は海側の窓際。
走り出して気付いたが、陽射しが眩しく、暑い。
しかも、このあたりではほとんど海が見えない。

ちょうど日没までの時間帯に日本海沿岸を走るはずのダイヤなので
海に沈む夕陽を眺める機会もあろうと選んだのだったが、
まだまだ日は高く、七尾線では日射が直撃する角度であった。

おまけに空腹だ。羽咋駅で少し腹に入れただけだったので、
歩き回っているうちに消化してしまったのだろう。
金沢からは車販が出るというから、弁当でも買って食おう。

金沢駅では待機している別の車両と連結作業が行われる。
同時に進行方向も反転するため、金沢駅の手前で車掌が
車内を回って椅子の方向を変えてゆく。

金沢駅で連結作業のため長時間停車をする間、
空腹に耐えかねてホームに出たら粉物屋があった。
「お好みバーガー」というのがあるので、
停車時間中に間に合うならと注文をしてみると、
ギリギリだといいつつ、ちゃんと間に合わせてくれた。

早速、走り出した車中で頬張る。
お好み焼きを小さめに焼いて、
ハンバーガーのバンズに見立てて作ったものらしい。
結構いける。空腹のせいもあったかもしれないが。
少なくとも急いで作ってもらった甲斐はあったな。

さらに車販が回ってきたところで、駅弁も買って食う。
たっぷり食って、ようやく腹が落ち着いた。

さて、金沢からの路線でも、当面は海が見えないまま。
山側の席からは北アルプスの山々が快晴の空に近く見える。
車掌も「今日は天候に恵まれ見事な眺め」とアナウンスしていた。
ちょっと残念な気持ちで、隣席のシート越しに眺める。

時期は桜の終わり頃、アルペンルート開通直後。
予算が許せば、そっちに行こうと思っていたのだった。
もしそうしていたら、あの山の向こうから見上げている頃か。
まあしかし能登も楽しめたのだ。

それに、こっちの席からも、向きによっては山が見えたり、
徐々に海に近付いてきているのか、ときたま日本海も見える。
富山空港近くでアプローチ中らしい旅客機の機影も。
そして車窓に、山と海とが左右から迫ってくる。

と、今度は「黒部川鉄橋」の案内放送が流れた。
富山湾越しに能登半島まで見通せるという。
のと鉄道の車窓から北アルプスが見えたのだっけ。
要するに、両側から眺めているコトになるワケだ。

そして間もなく線路は海岸ギリギリを走るようになり、
次いでいくつものトンネルを抜けていく。
富山から新潟に入るあたりは山が海に迫っているから
線路も海の近くを通らざるを得なかったのだな。

ちょうど日没の頃、斜め後方から夕陽を受けて、
トンネルの切れ目から見える磯が微妙な色合いを示す。
眺望が抜ける瞬間を狙ってシャッターを切ってみるものの、
すぐに、目の前の視界を邪魔する道路橋が……。

やれやれ。

そうこうするウチに列車は直江津を過ぎて右に大きく曲がる。
北越急行線の長いトンネルにはいると、ちょっと耳が痛い。
だが六日町を過ぎて気付けば、直江津を出て30分程度。
あっという間である。この列車の全行程からみれば。

トンネルを通過する間に日は暮れて、すっかり夜になっていた。
盆地から見上げる、上越ならではの山並みが夜空に浮かぶ。
列車は上越線に入っていて、今度はトンネルの代わりに
カーブが連続し、いくつかの駅を通過していく。

「はくたか」終着の越後湯沢で新幹線に乗り換える。
多くの乗客が数分の接続時間で移動するもんだから、
ホームや改札は、ちょっとした混雑になっていた、

新幹線は夜になってからの時間なので車窓は期待できない。
なので揺れの小さな下段の、2列席の窓側としていた。
今度は、かなり喉が渇いていたので、車内の売店で
ペットボトルの茶を買ってきてひたすら飲む。
穴水からの帰途だけでも2㍑くらい飲んでいるだろう。

陽にも灼けただろうな。顔がヒリヒリする。
重い荷物を担いで歩き回って全身を使ったのか、
どの筋肉も微妙に熱を帯びている。
しかし、心地良い疲れではある。

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北陸と関東というか東京とのルートについて考えてみる
越前・越中あたりからでは、特に北アルプスの存在が
大きな障壁となり、最短ルートは難しい。

現状では越後まで出て迂回するようなルートが主流だ。
JRのみなら長岡経由、北越急行線併用なら越後湯沢経由。
それぞれ、今回の往路と復路に使った。

一方、長野新幹線を延長する形で建設中の北陸新幹線では、
長野から先は飯山を経て上越へ出て北陸本線併走となる。
今まで国鉄やJRが用いてこなかった目新しいルートだ。

とはいえ長野新幹線のほとんどは旧中山道に沿ったもの。
東京から高崎に出て碓氷峠を越えて軽井沢、佐久まで一緒だ、
越中越前へ出るには西へ松本、峠を越えて高山に抜けたか。

本来の中山道は佐久あたりから先、立科、岡谷、塩尻と
クランクしたのちに木曽を抜け恵那から西へ米原へ向かい、
関ヶ原あたりから現在の東海道本線ルートとなっている。

昔の街道ルートの多くは今も形を変えて生きているのだ。
街道というのは微妙に政治的問題のようなトコロもあるが、
人々の生活や経済活動に大きな影響を与えるものでもある。

--
そして東京着。

自宅付近まで歩いてきて、非日常からの帰還を実感する。
もしさらなる非日常があっても受け入れてしまいそうな気分だ。

たとえば、もし仮に自宅のアパートが焼け落ちていたとしても、
旅装を解かず荷物を担いだまま友人宅に転がり込んだコトだろう。

ふと、漫画のワンシーンを思い出した。
--
なんか わざと
ゆっくり帰った

日は
もうだいぶ前に
落ちている

店の欠けた
家の形には
まだ 慣れてない

ブレーカーをあげる
ガスせんをひらく

「ただいまー」
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(芦奈野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行 9」アフタヌーンKC)

車中1泊、現地1泊。たかだか50時間余りの旅だったが、
日常でない空間と密度の濃い時間を過ごしたのは間違いない。

自宅に置いていた腕時計は、ゼンマイの動力が尽きていた
はずだが、偶然にも正確な時刻を示していた。

出掛ける前には、いろいろあって気分的にも弱っていたが、
歩き回ったり電車に乗りまくったりで充電して元気が出た。

コイツも巻いてやろう。そして日常の時間を刻んでもらおう。

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