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2009.04.15

たまには時事ネタ(45) 勝って兜の緒を締めれ済むとは限らない

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考えてみれば半島北部の国家のアレってのは、
戦時中の状態を続けている国家なワケだから、
平和の中にいる他の諸国(および国連とか)に対しては
セコセコするのも当然というトコロだろう。

特に戦争ないし紛争中であるという認識の下では、
「負けた」という意識が許されないものだ。
現状の旗色が不利だとなれば当然ながら
起死回生の策を次々と打ち出していく。

そもそもヒト個体やヒト社会というのは、
だいたいにして争い事を終わらせるコトが苦手なのだ。
近現代の戦争や紛争などでみても多くの場合は参戦国に
異常なまでの負担を強いて、ようやく終わっている。

紛争終結の下手さは米露のような超大国も例外でない。
完全に屈服するまで相手側の国民を嬲り殺して勝つか、
国民の批判を受けつつも退くに退けず泥沼に陥るか、
多くの場合、その程度の戦争終結策しか使っていない。

誰だって勝てば驕りと欲が出てしまうもので、
「もっと勝って奪ってやれ」となってしまうが、
誰だって負けは認めたくないものだから、
「ここまで盛り返さねば終われない」となる。

ましてや戦時中の社会に於ては意気軒昂たる主張が
どの国でも主流を占めてしまいがちなものだから、
勝敗どちらの側であろうとエスカレートし続けていく。
それは国家政体の仕組みに依らず、ほぼ普遍の性質。

もちろん、ときたま例外もあって、たとえば日露戦争など、
計画的に終わらせるコトができた紛争の少数例だとは思う。
戦術的な勝利を重ねて戦地周辺での優位を確保した日本が、
「勝者」にしては譲歩に次ぐ譲歩によって講和を実現した。

このときの日本は国力が疲弊しきっていて
とても継戦できる状態になかったのも確実なようだが、
「止めようと思って」戦争終結という結果を出したのも
間違いなく、そのコト自体は高く評価すべきだろう。

とはいえ多くの日本国民の予想以上の大幅な譲歩をした
全権代表に対しては激しく非難の声が上がった。
これは国の上層部が退き際だと認識していたからこそ、
あえて国民の声に反した講和に踏み切れたものと思う。

改めて現在の東アジア情勢をみれば、どうだろうか。
どの国家でも、あまりに忠実に主権者の意を体現して、
泥沼から抜け出せなくなるどころか、むしろ足掻いた挙句、
余計に深みに嵌り込んでいるような気さえする。

さて、どうしたもんだろうね。

少なくとも誰も彼もが否応なしに当事者となっているのは
間違いないのだから、皆で一緒に考えてみようじゃないか。

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