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2009/04/21

たまには時事ネタ(48) 過去官僚系

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そういえば「消費者庁」とかいうのができるっていうじゃないか。
国や自治体が消費者の保護を疎かにしてきたという批判を
受けて作ろうとしているコトは理解できるのだけれども、
しかし効果が、どうも期待できない気がしてならぬ。
「縦割り行政の隙間を埋める」との説明もあるが、
また官僚組織が一つ増えるのだからむしろ細分化であり、
中の連中の縄張り争いという隙間のできる要素が、
さらに増えるだけではないかと、思えてならない。

だから、この役所は“ダブルスピークで”読むものと認識している。

官僚と一般市民の間の相互不信は、より深まる一方。
そもそもにして一般市民とは違う生活をしているし、
人材の行き来がなく閉じた世界になってるのだから、
意識の上で大きな乖離が生じるコトは避けられまい。
さらにいうなら、かつての軍閥ほどではないにしても、
やはり中央官庁のエリートコースを歩む人間というのは
学業や試験の成績優秀者ばかりになっているだろうから、
「それ以外」の世界を知らない人ばかりではないか。

官僚機構は常に世間から乖離するベクトルを持っているものなのだ。

組織体制や社会体制が大きく変わらぬまま長期に渡り続いていると、
得てしてヒトビトは考えなくなってくるものであるらしい。
「組織の空気は人を思考から開放する」てなトコロ。
中にいる人の多様性をスポイルし汎用性を削ぎ、
環境変化への適応力を無能力化してしまう。
その方が低コストで済むもんだからね。
個々人の生活における思考コストも、
組織統治に必要な管理コストも。

消費者庁も、遠からず「縄張り」の一つに成り下がるのではないか。

組織というのは常に退化し続けるものだ。
萎縮した組織の間には多数の空洞が生じ、
惰性と楽観によって失敗への道筋を辿る。
誰かの悪意があったとは思わないけれど、
誰も彼も悪意がないのに結果が良くない、
となれば組織全体の欠陥の可能性が高く、
さもなくば未知の問題があったのであり、
やはり全体としての対応が不可欠だろう。

本当に足りないのは、組織ではなくて組織間の細やかな連携だろうに。

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