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2009年4月

2009.04.30

出張旅行記(25.8) 帰途のこと

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穴水から先は、すでに廃線となってしまっている。
残念だが引き返すしかない場所だ。
それに、帰りの列車の時間が迫っている、

ちなみに未明に計画していたのは、こんなルートだった。
金沢0736-羽咋0841
羽咋1041-七尾1108
七尾1118-能登鹿島1150
能登鹿島1253-穴水1300

それが、朝の出遅れと、羽咋での散策延長で、こうなった。
金沢0840→羽咋0940
羽咋1152→七尾1210
七尾1219→穴水1300

--
1時間ほどの散策を終えて穴水駅に戻って周辺を観察していたら、
ホームに隣接した建物に「のと鉄道本社」とある。
小さな鉄道会社だ。いろいろと大変なコトもあろう。
駅員が構内の売店の販売員も兼ねていたりするし、
さらに加えて事務作業も行っている、という様子。
間接部門の職員数はギリギリまで削っているはず。
だから兼務は致し方ないコトなのだろう。

折り返し、穴水1408発に乗る。和倉温泉着は1441。
帰りは「はくたか21」-「Maxとき344」を予約しており、
この列車に乗らねばならない。当然、途中下車も不可能。
要するに、ここから先は車窓を楽しむ旅というワケだ。
重たい鞄を担いで歩くのも、乗り換えのときくらい。

往路と同じく七尾湾に面した車窓を眺める。
それにしても車中、デジタル一眼レフが目立つ。
少なくともEOS50Dと、アサペンのKシリーズは確認した。
(ちなみにR-D1は電池残量がギリギリとなっていたので、
往路に目をつけたいくつかのポイントで撮影するに留める)

土曜日だし、乗客は観光客が大半のようだ。
往路より客が多いので、ひょっとしたら能登空港で降りて
金沢方面へ向かうような客も含まれているかもしれないな。
ただし、おそらくは日本人ばかり。
少なくとも車内で耳に入った会話は日本語だけだった。

日本人が多いというのは平日と土日の違いもあるかもしれん。
そもそも金沢城・兼六園といった有名どころと比べれば、
能登半島というのは通向けの旅行先といえるんだろうし。

気動車NT200形はワンマン1両編成なので乗務員席が近い。
田鶴浜駅と和倉温泉駅ではATSのベルも鳴っていたのに気付く。
車体には「Sw」表記があったからJR西との連携もあるのだろう。

七尾も同様にATS地上子が設置されているはずだと思うが、
それを確認する前に和倉温泉で「はくたか」乗換のため下車。

乗るのは「はくたか21号」。「サンダーバード36号」の次だ。
待ち時間があるので、今のうちに土産を買っておこう。

特急はいずれも、ここまで客を乗せてきて折り返す。
温泉地だけに宿の送迎車が何台も駅前に停まっていて、
改札前で宿の旗やプレートを掲げ予約客に声をかける。
時間と予算があれば、そういう旅も、悪くないよな。

赤いラインの入った北越急行683系「はくたか21号」は、
少し遅れて到着したが、折り返しの定刻発車には間に合いそうだ。
土曜日に東京へ向かうルートだから、さすがに空いている。

東京を出る前に予約しておいた座席は海側の窓際。
走り出して気付いたが、陽射しが眩しく、暑い。
しかも、このあたりではほとんど海が見えない。

ちょうど日没までの時間帯に日本海沿岸を走るはずのダイヤなので
海に沈む夕陽を眺める機会もあろうと選んだのだったが、
まだまだ日は高く、七尾線では日射が直撃する角度であった。

おまけに空腹だ。羽咋駅で少し腹に入れただけだったので、
歩き回っているうちに消化してしまったのだろう。
金沢からは車販が出るというから、弁当でも買って食おう。

金沢駅では待機している別の車両と連結作業が行われる。
同時に進行方向も反転するため、金沢駅の手前で車掌が
車内を回って椅子の方向を変えてゆく。

金沢駅で連結作業のため長時間停車をする間、
空腹に耐えかねてホームに出たら粉物屋があった。
「お好みバーガー」というのがあるので、
停車時間中に間に合うならと注文をしてみると、
ギリギリだといいつつ、ちゃんと間に合わせてくれた。

早速、走り出した車中で頬張る。
お好み焼きを小さめに焼いて、
ハンバーガーのバンズに見立てて作ったものらしい。
結構いける。空腹のせいもあったかもしれないが。
少なくとも急いで作ってもらった甲斐はあったな。

さらに車販が回ってきたところで、駅弁も買って食う。
たっぷり食って、ようやく腹が落ち着いた。

さて、金沢からの路線でも、当面は海が見えないまま。
山側の席からは北アルプスの山々が快晴の空に近く見える。
車掌も「今日は天候に恵まれ見事な眺め」とアナウンスしていた。
ちょっと残念な気持ちで、隣席のシート越しに眺める。

時期は桜の終わり頃、アルペンルート開通直後。
予算が許せば、そっちに行こうと思っていたのだった。
もしそうしていたら、あの山の向こうから見上げている頃か。
まあしかし能登も楽しめたのだ。

それに、こっちの席からも、向きによっては山が見えたり、
徐々に海に近付いてきているのか、ときたま日本海も見える。
富山空港近くでアプローチ中らしい旅客機の機影も。
そして車窓に、山と海とが左右から迫ってくる。

と、今度は「黒部川鉄橋」の案内放送が流れた。
富山湾越しに能登半島まで見通せるという。
のと鉄道の車窓から北アルプスが見えたのだっけ。
要するに、両側から眺めているコトになるワケだ。

そして間もなく線路は海岸ギリギリを走るようになり、
次いでいくつものトンネルを抜けていく。
富山から新潟に入るあたりは山が海に迫っているから
線路も海の近くを通らざるを得なかったのだな。

ちょうど日没の頃、斜め後方から夕陽を受けて、
トンネルの切れ目から見える磯が微妙な色合いを示す。
眺望が抜ける瞬間を狙ってシャッターを切ってみるものの、
すぐに、目の前の視界を邪魔する道路橋が……。

やれやれ。

そうこうするウチに列車は直江津を過ぎて右に大きく曲がる。
北越急行線の長いトンネルにはいると、ちょっと耳が痛い。
だが六日町を過ぎて気付けば、直江津を出て30分程度。
あっという間である。この列車の全行程からみれば。

トンネルを通過する間に日は暮れて、すっかり夜になっていた。
盆地から見上げる、上越ならではの山並みが夜空に浮かぶ。
列車は上越線に入っていて、今度はトンネルの代わりに
カーブが連続し、いくつかの駅を通過していく。

「はくたか」終着の越後湯沢で新幹線に乗り換える。
多くの乗客が数分の接続時間で移動するもんだから、
ホームや改札は、ちょっとした混雑になっていた、

新幹線は夜になってからの時間なので車窓は期待できない。
なので揺れの小さな下段の、2列席の窓側としていた。
今度は、かなり喉が渇いていたので、車内の売店で
ペットボトルの茶を買ってきてひたすら飲む。
穴水からの帰途だけでも2㍑くらい飲んでいるだろう。

陽にも灼けただろうな。顔がヒリヒリする。
重い荷物を担いで歩き回って全身を使ったのか、
どの筋肉も微妙に熱を帯びている。
しかし、心地良い疲れではある。

--
北陸と関東というか東京とのルートについて考えてみる
越前・越中あたりからでは、特に北アルプスの存在が
大きな障壁となり、最短ルートは難しい。

現状では越後まで出て迂回するようなルートが主流だ。
JRのみなら長岡経由、北越急行線併用なら越後湯沢経由。
それぞれ、今回の往路と復路に使った。

一方、長野新幹線を延長する形で建設中の北陸新幹線では、
長野から先は飯山を経て上越へ出て北陸本線併走となる。
今まで国鉄やJRが用いてこなかった目新しいルートだ。

とはいえ長野新幹線のほとんどは旧中山道に沿ったもの。
東京から高崎に出て碓氷峠を越えて軽井沢、佐久まで一緒だ、
越中越前へ出るには西へ松本、峠を越えて高山に抜けたか。

本来の中山道は佐久あたりから先、立科、岡谷、塩尻と
クランクしたのちに木曽を抜け恵那から西へ米原へ向かい、
関ヶ原あたりから現在の東海道本線ルートとなっている。

昔の街道ルートの多くは今も形を変えて生きているのだ。
街道というのは微妙に政治的問題のようなトコロもあるが、
人々の生活や経済活動に大きな影響を与えるものでもある。

--
そして東京着。

自宅付近まで歩いてきて、非日常からの帰還を実感する。
もしさらなる非日常があっても受け入れてしまいそうな気分だ。

たとえば、もし仮に自宅のアパートが焼け落ちていたとしても、
旅装を解かず荷物を担いだまま友人宅に転がり込んだコトだろう。

ふと、漫画のワンシーンを思い出した。
--
なんか わざと
ゆっくり帰った

日は
もうだいぶ前に
落ちている

店の欠けた
家の形には
まだ 慣れてない

ブレーカーをあげる
ガスせんをひらく

「ただいまー」
--
(芦奈野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行 9」アフタヌーンKC)

車中1泊、現地1泊。たかだか50時間余りの旅だったが、
日常でない空間と密度の濃い時間を過ごしたのは間違いない。

自宅に置いていた腕時計は、ゼンマイの動力が尽きていた
はずだが、偶然にも正確な時刻を示していた。

出掛ける前には、いろいろあって気分的にも弱っていたが、
歩き回ったり電車に乗りまくったりで充電して元気が出た。

コイツも巻いてやろう。そして日常の時間を刻んでもらおう。

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2009.04.29

出張旅行記(25.6) ボラボラの散歩道

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宿では最初に写真データの取り込みを行った。
さすがに疲れているのでRAWデータの現像は後日。
しかもシャワーも浴びず、まず一眠りしてしまう。
(最近は自宅でも、こんな夜の過ごしかたをしていて
生活サイクルの見直しを図った方が良いとは思う)

目覚めてみれば午前3時頃。概ね予想通り。
しかしダイヤを調べたりメールチェックなどしていると、
身体が冷えていたのか鼻水が止まらない。
シャワーを浴びると身体も暖まったようで
鼻の調子も落ち着いたが、再び眠くなってしまう。

6時頃に起きるつもりが8時だった。
まあ、そんなコトもあろうかと、ダイヤを調べつつ
バッファ時間を盛り込んでおいたので大丈夫。
途中の散策場所を減らすなどすれば、
予約しておいた帰りの特急にも間に合う。

ともあれ、急ぎ身支度してチェックアウトして駅へ。
早ければ金沢0736発の電車で出るつもりだったが、
改札で時計を見上げれば0834。次の七尾行きは0840発。
ホームに上がれば、どうやら間に合った。
(ていうか、昨日と似たような状況?)

やれやれ。また朝飯前の旅となってしまった。
とはいえ今日は天気も良い。ほぼ快晴だ。
昨日の朝とは違って、もう日は高く昇っており、暑い。
しかしそんなコトもあろうかと、今日はホームの
自販機でペットボトルの茶を買ってから乗ったぞ。

津幡までの北陸本線区間では、隣に強固そうな、
真新しいコンクリの高架橋が続いている。
これは建設中の北陸新幹線らしい。
往路の「北陸」車中でも、「富山駅は新幹線ホーム工事に伴い
駅構内の一部が狭くなっている」とアナウンスがあったっけ。

以前は、「新鹿児島」に変わる直前の西鹿児島駅を訪れたコトがある。
九州新幹線開業が迫った頃で、駅舎内には巨大な看板が出ていたっけ。
一昨年の夏に青森を訪れたときにも、車窓から新幹線の工事現場が見えた。
新幹線の工事中の現地に出くわす機会は少なくないようだ。
(在来線でも、高知出張は旧駅舎を廃止する直前だった記憶がある)

あるいは、日本中で幹線列車の更新が行われる時期に入っていて、
たまたまその末端を訪れる機会の多い仕事であるというだけかも。
その一方、地方の支線は、扱いが微妙なトコロも少なくない。
この普通列車も風雪のせいか、窓越しに撮影すると
必ずソフトフォーカスになってしまうのであった。

まずは最初の目的地、羽咋駅を降りて歩き回る。
そこそこの市街地があり、海も遠くない。
神社が多いので巡ってみようと決めたのだった。
静かな街並みをブラブラ歩いていけば、遠からず海へ出た。
自動車道の下の通路を抜けると、青い空と海、そして白い砂。

眩しい。

暑い。

しばし放心してしまった。

砂浜は、砂浜にしては歩きやすい方だったかと思う。
波打ち際から少し離れ、湿って締まった砂が、いちばん固い。
足だけじゃなくタイヤの轍も、このあたりを通るのが多い。
南の方に目を向ければ、浜辺に何台かの車が停まっている。
レストハウスらしき建物もある。あっちへ向かおう。

途中、バンの屋根に乗ってカメラを構えている男がいた。
レンズの前には小さな台が置いてある。
海岸を背景に使って何かの小物を撮影しているらしい。
なかなか良い選択だな。少なくとも都会では得られないし。
加えて天候にも恵まれたから、いろいろ期待できそうだ。

レストハウスに近づくと、エンジン音が聞こえてくる。
水上バイクで出ようとしている集団がいるらしい。
海の近くで暮らしていれば、海と戯れる趣味も良かろう。
個人的には水上バイクより小舟の方が好きだけどな。
まあどっちにしろ稼いでなけりゃ楽しめないんだが。

レストハウスを目指してきたのは、「大伴家持の歌碑」が
近くにあるというので、それを見てみようと思ったのだ。
まず砂浜の背後の砂の土手に上がってみる。
しかし目の前の立派な石碑かと思ってみてみれば、違った。
探してみれば歌碑はレストハウスの裏手側ではないか。

しかもコンクリっぽい……。

しばし放心してしまった。

さて気を取り直して。

そろそろ羽咋滞在時間の残りが気になりつつあるので、
再び市街地を抜け、さっさと駅へ戻っていこう。
羽咋では電車1本分の時間を余計に費やした。朝の分を含めれば2件目。
もっとも、マージンたっぷりの予定を立てておいて、
後で帳尻を合わせているだけなのだけれども。

さらに途中で少し寄り道をしたが、サンダーバードを待つのに
程良いくらいのタイミングで駅に到着できた。
ふと空腹なのを思い出して、駅の売店で握り飯を2つ。
これが、この日の最初の食事である。
やはり今日も朝飯前に歩き回ってしまった。

ホームのベンチで食っていると、隣にレンタサイクルが置いてあった。
そういえば、あるんだった。(たしかどこかで案内は見ている)
これに乗れば、もう少し遠出できただろうな。
あるいは早く回れきたかもしれない。まあいいけどね。
歩くのは好きだし、浜辺で難儀したかもしれないし。

--
サンダーバードに乗ったので和倉温泉が終点となるが、
のと鉄道への乗り換えは七尾駅で行うコトにした。
近くの席の中年女性2人組が喋っている中で
「どうせ空いてるから終点まで行っても大丈夫」と。
その意見に同意しつつも、余裕をもって乗ろうと考えた。

のと鉄道には、休日のみ利用可能の1日フリーパス券を購入し、
七尾駅の「のとホーム」で乗り換える。
実際、七尾を出る頃には席もほとんど埋まっていた。
ただ、和倉温泉で降りる客も少なくなかったので、
結局、中年女性たちも余裕で座れたのだった。

和倉温泉駅のホーム上には「七尾線電化記念」碑があった。
後で調べてみれば1991年のコトだったという。
同時に非電化区間が三セクとして切り離された。
しかし車両は、分離した後に更新したらしく、
かなり新しい気動車で窓も車体も綺麗な状態。

のと鉄道の車窓からは斜面に地層も見えた。
黄褐色の砂岩らしく、脆そうな印象だ。
附近の耕土も黄褐色が中心。
太平洋側では東海~近畿地方にかけて見られるような
土質に近いような感じを受ける。

しかし、笠師保駅を過ぎたあたりでは、
水の入った田の2枚ほどが赤っぽく見えた。
あれは客土だろうか。その田だけ少し厚みがあった。
いや、水が入って代掻きが行われた田では
赤っぽいのが多いようにも見える。

水田だけが選択的に赤いとすれば
何世紀も続けられた稲作の結果として、
土質が変わったせいなのだろうか。
だが圃場の区割りからみて近代になってからの
土地改良を経ており、その可能性は考えにくい。

さらに先の西岸駅あたりで、そのヒントが見えた。
ところどころ赤っぽい岩が露出している崖もあった。
同じく砂岩のようではあるが、鉄分が多いのだろう。
とすると能登は、思った以上に
複雑な地味なのかもしれない。

そういえば「大きさや形状からすると能登半島は
佐渡島が本州にくっついたような感じ」などと
出発前に仕事仲間と話をしていたっけ。
とすれば佐渡と同じように多様な地質が混在していてもおかしくないか。
我ながら、よくぞ言ったもんだ。

なお、笠師保あたりは地形的にみれば谷に相当する。
志賀町から七尾西湾最奥部あたりにかけて、さらに先は能登島の
西端を区切ってさらに先の能登半島先端部の南東岸を形成している。
要するに笠師保駅の南側あたりが谷間であり、このあたりを境にして
丘陵部の地質が微妙に違っていてもおかしくないというワケだ。

ちなみに、能登半島における谷間としては、
他にも羽咋から七尾にかけて七尾線が通るあたりもそうだ。
七尾線の走る平地を挟んで左右に断層があるらしい。
車窓からも、比較的明瞭な斜面が両側に見てとれた。
その先を延長すれば七尾南湾と能登島の間を抜けていく。

これだけの山襞が繰り返される褶曲地形の中なのだから、
少なからず断層も含まれているのは当然だろう。
それぞれの谷間部分はもちろん、海と陸の境目
だとか海底谷なども含めれば相当な数となるはず。
そのうち、調査されているのは、どれくらいの数だろうか。

考えてみれば2年ほど前にも輪島市付近を中心とした地震があった。
まあ大概、日本列島にいる限り、地震や火山などと無縁では
いられないものであるから、用心しておくに越したことはなかろう。
もちろん、あんまり心配しすぎても生活は大変だけれども。
しかしいずれにせよ、地殻変動こそが変化に富んだ地形を造り出す。

造山運動という言葉もあるくらいだ。
山がなければ谷もできず川もなく、
川がなければ肥沃な平野もできない。
沃野がなければ都市を築き上げるのも困難。
もちろん経済や文化の発展も、難しかろう。

--
線路は、しばしば見晴らしの良い場所を通る。
斜面の上の方を走る線路からは、小さな入江や集落を見下ろせる。
ところどころの入江には「ボラ待ち櫓」があったり、
こんもりと木が茂って小島のように見える小さな神社も。
何百年も、集落を見守り続けてきたのだろう。

さて、桜が有名という能登鹿島駅では、
残念ながら満開を過ぎて散りかけていた。
(能登中島駅の桜は時期的に良かったんだが)
ここは当初の下車予定駅だったが、羽咋の一件によりパスした。
結果的に、それで良かったのかもしれない。

終点の穴水では次の列車で折り返す予定だが、
待ち時間があるので駅を出て港まで歩いてみた。
まずは、おおよその見当をつけて歩く。
川にぶつかったトコロで山の反対側へ折れる。
すると、すぐに岸壁へ辿り着いた。

岸壁は真新しく白いコンクリで固められている。
ボラードも、ペンキ塗りたての新品ピカピカ。
他の設備が見当たらないので供用前なのだろう。
もしかしたら、先の地震で被害を受けて再建したか。
あるいは関係なく新たに作ったものか。

港から七尾北湾へ向けて出る狭い水道の向こうには、
北アルプスらしき山陰が綺麗に見える。
広々とした岸壁を歩きながら眺めれば、
港の出口の水道の先に能登島の脇を抜け富山湾へ出る水道が見え、
その向こうに山々が見える、幾重にも折り重なった景色となった。

岸壁の近くにはバス営業所がある。
帰りがけにそちらを通りがかったとき、
足許のクローバーから4小葉と5小葉を各1つずつ確保。
あると直感したが、予想以上だった。
さすがに5小葉は久し振りなので、ちょっと嬉しい土産だ。

そういえば、街中ではあるが舗装の隙間には草が多く見られる。
もっと人口密度が高い地域なら人の手が頻繁に入るワケで、
たとえば上下水道や都市ガスの工事が行われたりして
掘り返した上で舗装しなおしたりするのだから、
自然に人工的な環境が保たれるものだ。

しかし、ある程度以下の人口密度では、
そのような作用よりも生物の成長が勝って、
都市にない景観を作り上げるのであろう。
路面を見れば、経済活動の密度が見えるのかもしれないな。
今度から、気をつけて見るようにしとこう。

自他共に認める散歩好きであり、
散歩ばかりしてるのは事実だが、
アシを使うと同時にアタマも使うので、
散歩というのはスポーツなどでは決してなく、
むしろ高度な知的活動なのだと認識している。

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2009.04.28

出張旅行記(25.4) 観光のこと

20090428_epsn7264_1s


仕事を終えてからは金沢市街地観光と洒落込んだ。

駅は北陸新幹線開通に向けて改修されたのだろう、
特に金沢城方面の東口は、巨大なドーム型構造物、
さらに木製の門型構造物が、異様な存在感を放つ。

まあそれはともかく、まず近江町市場へ向かおう。
再開発を完了して完全オープンした直後だったらしく、
そのせいもあるのか、にしても平日昼間とは思えない混雑。

ちょうど昼食時でもあって大混雑の食堂。値段を見つつ
回るが、手頃な価格帯の店がなかなか見つからぬうちに、
全部の通路を歩いていたらしいコトに気付く。やれやれ。

結局、地元の人が多そうな蕎麦屋で食ったよ。
他の店の海鮮丼や寿司盛り合わせの半額くらいの値段で、
天麩羅蕎麦。腹八分目。この後の散歩もあるので。

市場を出て東別院と西別院と、他にいくつかの寺を巡り、
なんとなく見当をつけて脇道に入っていくと、
また市場アーケード。ちゃんと戻っていたりする。

路上には雪国ならではの設備がある。
路面には融雪用スプリンクラーが埋め込まれ、
その電源装置らしきが歩道に置かれている。
(これがまた、いい顔をしている)
路面のアスファルトやコンクリートを褐色に染めて
流れた鉄錆の跡も、やはり積雪地ならではの情景。

さらに進んで、金沢城公園に入ってゆく。
もう暑い。雲はほとんどなくなっていた。
そして陽射しを遮る木立も少ないと気付く。

しかし、まだ真夏でなくて良かった。
きっと照り返しで上下から炙られただろうから。
桜も少し残っていた。個体によっては満開のものもある。

近江町市場と比べると、外国人の観光客が目立つ。
少なくとも通りがかりには英語と仏語、それから
中国語(上海か広東かは分からないが)が聞こえた。

写真を撮りながら歩いていると、若いカップルがいた。
デジタル一眼レフ、スピードライト、三脚&クイックシュー……。
男のカメラ機材は結構充実している様子。

それで、見晴らしの良い場所に連れの女を立たせては
楽しそうにパシャパシャと撮っている。
まあ、そういう年頃ってトコロだな。いろいろと。

背景には晴れた空、花の咲く史跡公園。悪くはあるまい。
(常にキャッチライト反射板を出してスピードライトを上90°に
セットした状態で使ってるのが、少しばかり気になるトコロだが)

カップルの撮影の傍ら、こちらは光線の具合を確かめつつ
カメラを巻き上げ、構え、狙い、撮る。一呼吸置いて
また巻き上げ、絞りを変えて、構え、狙い、撮る。

陽射しが強すぎて撮影画像の確認も難しいので、
こういうときは昔ながらの段階露出に頼るのが一番。
(でも水平は相変わらず得意じゃないんだが)

隣で撮影しながら笑い合うカップルの声が聞こえる。
先刻から気になってはいたが、やはり中国人らしい。
彼らの言葉は知らないので会話の機会はなさそうだ。

まあしかし、こんな場所で平日の昼間から
背広と大きい鞄を担いで暑そうに歩きながら
黙々と写真を撮っているオッサンも、変ではあるが。

さて、続いて兼六園に入ってみれば、こちらもまた外人客が多い。
まあ平日だし、日本有数の観光地なのだから、そんなもんか。
しかし通りすがりに日本語の会話が耳に入った。地元の人らしい。

「韓国人は最近ほとんど見掛けなくなったねえ」
「そうだね。昔はたくさん来ていたんだが、
去年の秋くらいから、めっきり来なくなったよ」

さらに、満開で残っている桜を撮った後、
じっと見上げていたら、日本語で話し掛けられた。
「すみませーん、シャッター押してくれませんかー」

あー、はいはい。
(機械任せのカメラは得意じゃないんだけど、
それでもいい?)

そんな感じで歩き回っていると、徐々に日は傾いてきていた。
斜めの光線が、歴史ある日本庭園ならではの苔の絨毯を照らす。
今朝までの雨のおかげか、まだ湿った様子なのが、良い印象だ。

……そういえば喉が渇いた。
ほぼ一周して入口付近に戻ってきたあたりで、
大きめのペットボトルの茶を買い、ベンチで休憩。

見上げれば、烏と鳶が空中戦を繰り広げている。
木々の向こうだったので分かりにくかったが、
烏が怒った声でなかったので鳶に追われていたようだ。

それにしても、これほどの市街地の中で猛禽を見るのは新鮮だ。
最近では東京都内でも大鷹の目撃例が増えていると聞くが、
まだ見掛けたコトはないから、その程度の密度なのだろう。

一方こちらの鳶は、金沢城から兼六園にかけての一帯だけでも
何羽棲息しているのかと思うくらい、たくさん見掛けた。
そして、烏はそれほど多くない。となれば力関係では鳶が優位か。

金沢城や兼六園は丘陵地を利用して作られている。
そのせいもあって鳶は相当な低空で飛ぶときもある。
なんとかレンジファインダーでも狙える範囲だ。

そもそも、とにかく陽射しが強い日だったので、
絞り込んだ上に高速シャッターを使っている。
だから余裕といえば余裕ではあるのだけれど。

--
さて、喉の渇きに続いて、今度は空腹となってきた。
いや、昼飯が天蕎麦だったのだし、暑い中を歩き回って
きたもんだから、早めに腹が減るのも道理ではあるが。

日没まで間はあるが、のんびり市街地を散策しながら
駅へ戻るとなれば、これくらいの時間でも悪くはあるまい。
行きとは別のルートを歩きつつ、夕食を物色しよう。

とはいうものの、今回は選り好みしすぎたか、
なかなか店を決められないまま駅へ戻ってしまった。
日は暮れようとしており、いよいよ夕食時が迫る。

今回の散策範囲は基本的に駅より東側の旧市街(?)だった。
どうせならと駅の西側まで範囲を広げてみたものの、
しかし期待薄という感覚通り、見つからず。

チェックイン時刻が近付いてきたので駅に戻り、
諦めて駅ビル内の手頃な店で食うコトにした。
そこそこの値段で満腹になったので、まあこれはこれで。

今回も、足は使った。
都合6時間くらいは歩き続けていた計算だ。
いささか敢行した感もあるが。

そして今後のための教訓も得た。
歩けば、街のおおまかな雰囲気も分かってくるというもの。
次に来る機会が、いつ来るかは知らないが。

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2009.04.27

出張旅行記(25.2) 半島のこと

20090427_20090418357s


仕事の前に時間があったので少し遠出をした。
そのとき友人たちに送ったメールを、
一部改変して掲載する。

--
上野発の寝台列車を降りたときには金沢駅は霞の中、といったトコロだった。

「北陸」は0626、定刻通りに到着。
天候は曇り、気温は10℃前後か、風が少々肌寒い。
しかし予報によれば徐々に晴れてくるとのこと。

朝も早すぎて、ホームの売店も開いてない。
駅を出て食事して、金沢市街を散歩しようかと考えていたが、ちと予定変更。
後で晴れるなら、それから散歩した方が良い。

時刻表を見ると、七尾行きが0630発というので急ぎ飛び乗った。
隣のホームには「北陸」を追いかけるように
同じく上野から夜を徹して走ってきた急行「能登」が滑り込んでくる。
こちらは寝台でなく、普通の座席の夜行列車。
たしか489系L特急車両、しかもボンネット付きだ。
今やすっかり懐かしの昭和デザインで、さすがに
汚れなども目立つ姿は、まるで長旅に草臥れたかのようにも思えた。
降りてくる客も、どことなく疲れた様子の
背広姿が多いように思えるのは気のせいか。

さて七尾行き普通列車は、乗ってみれば通学列車。
朝から元気な(都会のそれとは違うようで)学生服姿の連中が、
途中駅で頻繁に乗り降りをしている。

七尾線に入ると、津幡-中津幡間で電源切換があるという。
交直セクションを通過する間、車内は非常灯だけとなる。
昔、富山へ出張した際に、糸魚川での交直セクションを体験したので
七尾線だけが何らかの理由で直流を採用したのだと考えた。

(実際、帰ってきてから調べてみれば、七尾線内は
狭小トンネルが存在するため直流を選択したとのこと。
加えて北陸本線も近畿地方に近い方では直流化が進んでいて、
一方の糸魚川-直江津間も直流だから、敦賀-糸魚川間だけが
周辺から孤立して交流電化のままの区間なのだそうだ)

津幡からの七尾線は単線で待ち合いが多い。
車両のドアは半自動、車内側には「閉」ボタンがあって、
乗った客は自分で閉めるのがマナーらしい。
しかし外にはそれがなく、降りる客だけのトコロでは
外の寒気を嫌がった乗客が立ち上がって閉めている。

この七尾線に乗ったのは、明後日の帰りの予定ルートを一部先取りするため。
それから、適当な駅で朝食にしたいとの考えもあった。
まだ朝早いから、時間潰しも兼ねてというワケ。

しかし、さすがに早すぎ(そして郊外すぎ)か、
駅前で食事できそうならすかさず降りて食う、と
意気込んでみても、そんな駅には一向に出くわさない。
どうやら、まずは終点の七尾駅まで行かねばならんようだ。

半ば諦めて車窓を眺めれば、ときおり満開の桜。
散りかけたものも少なくないが、どうやらこの周辺では
東京都心より10日ほど後になっているようだ。
金沢周辺では都心より1週間ほど後だと聞いていたが、
日本海に突き出た半島ゆえ寒風に吹かれるコトが多いのか、
さらに少し遅いのだろう。

地形も見ていて飽きない。線路の周辺は低い丘陵が連なっている。
海底に堆積した土砂が圧縮する力を受けて襞状に隆起した山地が、
風化したり侵食されているといった様子。
その間の狭い平地を、人は昔から耕し、生活の場としているのだ。
線路は急勾配を避け人口密度の高い地域を結ぶべく平地を縫うように敷かれた。
などと、出発前に目を通しておいた地形図と路線図のイメージを重ねて考えてみる。

近くの席の背広姿の年輩の男が読んでいる本のタイトルは「38度線の崩壊」。
日本海の反対側から突き出てる半島のハナシか。そういえば、近い。
狭い日本海の向こう側の状勢は、こちらにも暗い影を落としている。
だから、地元の人が気にするのも分からないではない。

まあしかし、近いってコトは、悪いコトだけじゃないはずなんだよな。
15世紀くらい前には、あっち側から伝わってきた事物も少なくない。
近代に入ってからはキナ臭い話題が多くなってしまったけれども、
そういったトコロまで含めて、近いがゆえの関係性を考えたいものである。

とか、まとめてみた。

ちょうど七尾に着いた。
さあ、もう8時過ぎたし、そろそろ飯くらい食えるだろ。
--

七尾駅前では、まだ小雨模様だった。予報は外れたのだろうか。
(少し金沢寄りの車窓に「能登国分寺跡」の看板が見えたので
ひょっとしたら律令遺跡ジンクスが発動したのかもしれない)

改めて時刻を調べてみたら、次の列車で戻らねば仕事に間に合わない。
やれやれ。後の予定がある場合の寄り道は
「電車のように正確に」いきたいものだ。

駅前を一周してみたものの、結局は喫茶店でモーニングとなってしまった。
喫茶店では地元の人たちも「変な天気だ」と言い合っているのが聞こえた。
予報では朝から晴れるというハナシだったようだが……。

とはいえ、再び金沢行きに乗れば、
途中から徐々に天候は回復してきた。
通学時間を過ぎた列車は空いている。

津幡まで戻った頃には、いよいよ晴れて陽射しが暑くなる。
そして「北陸」で寝付きが良くなかったのが
今になって出てきたか、眠くなってきた。

だが仕事を終えるまでは我慢。
午後に晴れるなら、昼食を済ませて
公園のベンチかどこかで昼寝しても良かろう。

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2009.04.26

出張旅行記(25) 上野発の寝台列車

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金沢への出張、手配してもらったチケットは「北陸フリー」。

往路はスケジュールの都合で前夜出発となるため
寝台特急「北陸」B個室を確保、深夜に上野駅を出る。
所要時間は6時間半ほど。最短の寝台特急とのこと。

あまりに短いせいか車内改札は行われないようだ。
むしろ乗客の多くは睡眠時間を確保するためか
早々に眠った様子で、通路もすぐ静かになった。

進行方向に対して横向きの寝台は、寝そべっていると
車両の揺れが主に身体の上下方向に影響してくる。
これは、ちょっと大変かもしれない。

前に乗った「サンライズ」のシングルは中央に通路を置いた
配列で、列車の左右の揺れが身体の左右の揺れとなる。
その方が寝るには良いと、つくづく実感した。

前に乗った「はやぶさ」の開放寝台も横向きだったが、
倍以上の時間を要したので熟睡する余裕があった。
「北陸」は短いから、早く寝たいのだけれども……。

どうやら、出発前の酒が微妙な酔い加減だったか、
あるいは揺れのせいか、寝付きはイマイチだった。
半睡でうつらうつら。ときたま車窓を眺めて過ごす。

スイッチ類や読書灯の配置からすると、枕は
通路側に置くのが基本らしい。けど個人的には
通路に足を向けて、すぐ外を見られる方がいいな。

サンライズとの違い、もう一つは窓の広さだ。
サンライズではベッドの長さ一杯の窓だった。
ブルートレインは個室の幅だけと狭い。

まあ寝るための列車と思えばそんなもんか。
それに通路の椅子を出して一服する際には、
一続きの窓からの景色を楽しめるワケで。

さて、路線は当初、ずっと都市部を走ってゆく。
群馬県の北の方の山間部に入るまで、
車窓には深夜も明るい街並みが見えていた。

そして上越本線は谷川岳の麓の山中に入る。
標高が上がるにつれ、春から冬へ向かうかのようだ。
ときおり散る前の桜も見えたりする。

ときおり延々続くコンクリート柱が見えるのは、
併走する上越新幹線の高架橋らしい。
近くで見上げれば、改めて非常に巨大な建造物だと実感。

膨大なコストをかけて作られた高速列車。
寝る楽しみはないが速いし揺れも少ない。
これはこれで現代っぽくていいのかな。

ふと明るくなった気がしたので見てみれば長岡だった。
時計を見れば午前3時頃。
そして、長い停車時間が過ぎる。

と、1両の電気機関車がこれまで進んできたのと逆方向に、
ホームを挟んで向かい側の線路を走り抜けていく。
進行方向反転と同時に機関車交換作業を行っているのだ。

その間、隣り合った線路の側では同じく東京の方向へ貨物列車と、
客車らしき列車が通過していった。ひょっとしたら後者は、
青森発の寝台列車「あけぼの」かもしれないな。

長岡を出てすぐの頃、
金沢行きの別の列車とすれ違う。
あっちは特急車両。後続の急行「能登」だ。

そうこうするウチに、だいぶ眠くなったようで、
このあたりから記憶が薄れていく。
それなりに深く眠ったとは思う。

が、結局は富山の手前ですでに目覚めていたのだった。
洗面台で顔を洗って、身支度をして金沢着に備える。
やはり、あっという間の旅路であった。

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2009.04.25

自称逸般塵の不通の日記(80) それ行ける? 3人組

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さてと。仕事してないと固いコトばかり書いてしまうなあ。

先日は仕事に関連したイベントのため逆三角形まで行ってきた。
まあ実際には仕事に直結しなかったりするんだが、ともあれ。

帰りがけの新交通システムの車中では観光客らしい白人3人組が
先頭車両の“展望席”に座って楽しそうに写真を撮っていた。

そういえば外国からの観光客を見掛ける機会も増えてきたな。
東京が誘致している五輪の会場からも遠くない場所であった。

そして終点で降りてみれば、目の前のベンチに座っている
高校生くらいの私服の男の子たち、は全員がゲーム中だった。

もしかしたら駅の無線LANスポットでも使ってるのか。
(そこがエリアになっているのかどうかは知らないが)

折り返す車両に乗ろうとする気配も見せず熱中している。
まあだいたい、そういうものだとは思うのだけれども。

こういうのも含めて外国からの観光客は日本を知るのだな、

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2009.04.24

理系用語で読み解く社会(43) 流体情報学

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圧力をかけて押し出されるモノは、
たとえば配管内ならば、きちんと流れてくれるだろう。

でも世の中そんなにうまくできてない。
なにせ流れて行く先は茫洋とした社会なのだから。

それは砂漠の涸れ川のような、
いやどちらかというと大洋の中の海流のような、

押された勢いで流れているけれど、
行き着く先は決まっていない、そんなカンジだ。

むしろ先行するモノが突っかえて
後続するモノが進めず左右に蛇行していくような、

そしてさらに後ろから押されていって、
拡散したり冷えて沈降してしまうまで流れ続ける。

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2009.04.23

諦翁がっくり?

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もちろん、有権者に媚びるような姿勢の政治屋などに関しては
将来の衆愚という重大な危機をもたらす可能性が高いのも事実。
二世三世やタレントくずれ、あるいはポッと出の一発屋なども
一部は含まれようが、あるいは党派そのものの体質にもある。

たとえば何の気なしに漠然と美辞麗句や大言壮語を並べ立てて
その政策ビジョンに含まれるリスクを説明しなかったりするのも、
知っていて示さなかったのであれば詐欺だし、逆に気付かずに
いたとすれば能力不足であり、いずれにせよ為政の資質に欠ける。

ゆえに有権者としては、そういった点に鋭敏であるべきである。
逆に、鈍感なまま政治屋の媚びに乗るようでは衆愚というワケだ。

とはいえヒト全員に、衆愚にならぬよう求めるのもまた難しい。
そもヒトの思考能力は有限であり、政治にばかり傾倒していては
生活が成り立たない場合も少なからずあるし、あるいは仕事と
趣味が一体化していて放っとくと没頭してしまうような人もいる。

結果、多くのヒトは「長年の実績」から将来への期待を込めて
今までと同じ選択を繰り返すというワケだ。これが日常の慣性。

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慣性で動くヒトビトの考えを切り替えるには契機となる現象と、
それを伝える情報が必要。

世の中は常に変化を続けており、しばしば過去からの連続では
対応できなくなる場面が生じてくるものだ。

そのとき「もう切り替えなければ」と感じる閾値は人それぞれ。
ある程度以上の人が閾値に達したとき、歴史は動く。

社会が、こうして時代の変化に迅速かつ的確に対応していくには、
ヒト間コミュニケーションやマスメディアが重要な存在だ。

「餌を洗う習慣」の如く試せば容易に理解できるなら個体間でも
伝わりやすいだろうが、複雑な現代社会においては多くの場合、
その役割をマスメディアが担っているのが実態というトコロだ。

彼らには、社会が動く契機となるような情報を提供するという、
根本的な役割があって、ヒトビトは暗黙のうちにそれを期待する。
しかし現状、マスメディアの多くは営利企業であり自社の経営が
最優先なのだから、他の部分を疎かにしがちという問題がある。

結果、多くのマスメディアのメッセージは「稼げ」に思えてしまう。
あるいは「享楽を追求せよ、そして消費せよ」とも受け取れたりする。
一方、非商業主義的メッセージを強く打ち出すメディアの中には、
すっかり排他主義のトコロや宗教色を前面に出すようなトコロも多く、
これはこれで辟易してしまう。

とはいえマスメディアは基本的に需要があってこそ供給される。
商業主義的メッセージや排他的主張、布教活動などを求めるのが
現代の日本の国民の主流だと言ってしまえば、それまでかもしれぬ。
要するに、あれこれ考えたくないってコトなんだねと、思ってしまう。

いや、非商業主義的メッセージの多くはインターネット上で
発信されるようになってきているのが実状だともいえるか。
これはこれで、いずれ何かの力をもたらすのかもしれないが。

--
とりとめもなく考え続けるコトは、
何といっても面白いし、
多少は生きる上でも役立ったりするのだけれども、
それを伝えるのは、
なかなか難しい。

でも、それはそれで、
「どのようにすれば上手く伝わるのか」という
考えるネタを提供してくれるのであった。

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2009.04.22

長い時間を要するものの確実に世を襲う未曾有の危機

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衆愚と人気取り政治家の正のフィードバックは負のスパイラル。
「○○が日本を駄目にする」ていう言い方が日本を駄目にする。
その関係は、しかし極東の島国だけでなく超大国でも違わない。
いやむしろ巨大な分だけ先鋭になって表れがちなものなのかも。
あの大統領だって「Buy American」を封じられなかったのだし。

目立った変化や際立った改革を求めるから行き過ぎてしまう。
どんなに良さそうに思えるコトであってもヒトは失敗に陥る。
逆に良さそうに思える場面ほど身に迫る危機が見えなくなる。
単純で強い欲求というのは視野を狭めるリスクもまた大きい。
そして期待に応えたい上回りたいといった単純な欲求なども、
適度な抑制が効かなければ弊害も少なからず出てきてしまう。

「先進国」を名乗るのであれば、その中で生きる国民にも
精神的先進性が必要だ、という感覚が最近は強まってきた。
卵が先か鶏が先かはともかく、連鎖をどこかで断ち切れる
とするならば、その何れか、あるいは両方に可能性がある。

国民は今よりもう少しだけ冷酷な存在になった方が良い。
いやもちろん非情になれというのではなくて、たとえば
長年に渡る実績や関係性などに由来する贔屓目を抑えて、
かつ現実や将来を見据えた視点で党や代議士を支持する。
要するに「狡兎死して良狗煮る」くらいに思ってほしい。

逆に政治に関わる立場なら、そんな扱いを受ける覚悟が必要。
保身に走る政治屋たちを支持したくないとは誰も思うはずだ。
もし愛情というのがあるならばそれは、与えるも求めぬもの。
だからこそ功成り名を遂げたら、ただ消え去るのが望ましい。
それは本人のみならず、「3バン」を受け継ぐ家族親族も含め。

政治家なんてのは歴史家の後知恵で評価されるもんだから、
そのように考え、振る舞い、活動していってほしいトコロ。
そして、その政治家や政党を支持したヒトビトもまた同様。
もし失政あらば支持者もまた責任を感じるべきではないか。

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今や、すっかり二世三世の議員が闊歩する世の中。
いやもちろん、必ずしも世襲制が悪いとは言わない。
良きに計らってくれれば大きな問題は出ないから。
しかし実態としてはそうでもないようだから困る。

官僚と同じく彼ら自身の閉じた世界となってしまえば
その弊害は無視できないくらいに大きなものとなる。
それに、「政治家が政治家たり得たのは何故か」という
重要なポイントが抜け落ちてしまうのではないかと思う。

人柄や能力というのは主に経験で作られるものだから、
どんな辣腕政治家の家系だろうと、世代が進むにつれ
先代の格好良かったトコロだけを取り入れようとして、
劣化コピーされていく宿命にあるのではないだろうか。

特に激しく動く世の中の動きを広く掴むためには、
政治秘書だの便宜置籍会社員だのではなく、実際に
どこかの業務の最前線で活動するような経験が
おそらく不可欠なのではないかとさえ、思っている。

そういう意味では、貴種流離譚に人々が抱く憧憬の念を
「あの実績ある血筋で、かつ豊富な経験を積んでいる」
という期待感として解釈すると、いいのかもしれない。
(滅多にないコトだから、おハナシになるのだけれども)

社会生活を営むとなれば、たいていの場合、どこかで
対立する利害関係の中で調整を迫られる場面もあろう。
そういうトコロで豊富な経験を積んでおけば、きっと
対立する議会の中でも大いに役立つ存在となるはずだ。

とはいえ世襲だのタレントだのといった点が問題視される
時点で、もはや衆愚に陥っていると危惧されてならない。
ただ、まだ現時点であれば、是正する機会もあるはずだ。
問題を問題だと認識する程度の認知能力はあるのだから。

翻って現実の日本の社会情勢は、どんな感じだろうか。
国内の議会さえも敵だらけで、ロクに調整もできやしない。
国と地方の対立も年ごとに激しくなっているように思える。
対外的にも、どうやら微妙に孤立というかパッシング気味。

議論というのは、意見の異なる相手を単純に論破したり
あるいは数で圧倒したりといったコトではないはず。
限られた時間を最大限に使って対立する相手を説き伏せ
味方に引き入れるつもりでかからねば、何も進むまい。

敵を増やすような輩などには国を任せておきたくない、
というふうに、国民は考えるべきではないだろうか。

内政で失敗した政権が外交でポイント稼ぎをするなんてのは
よくあるハナシだけれども、対立する相手を味方に引き入れる
コトができないなら、どっちにしろ大きな成功は得られまい。
能力がないのに権力に固執すれば国も簡単に傾くというのに。

ああ、そういうトコロは、もしかしたら
彼らの得意な“ダブルシンク”なのかな。

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2009.04.21

たまには時事ネタ(48) 過去官僚系

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そういえば「消費者庁」とかいうのができるっていうじゃないか。
国や自治体が消費者の保護を疎かにしてきたという批判を
受けて作ろうとしているコトは理解できるのだけれども、
しかし効果が、どうも期待できない気がしてならぬ。
「縦割り行政の隙間を埋める」との説明もあるが、
また官僚組織が一つ増えるのだからむしろ細分化であり、
中の連中の縄張り争いという隙間のできる要素が、
さらに増えるだけではないかと、思えてならない。

だから、この役所は“ダブルスピークで”読むものと認識している。

官僚と一般市民の間の相互不信は、より深まる一方。
そもそもにして一般市民とは違う生活をしているし、
人材の行き来がなく閉じた世界になってるのだから、
意識の上で大きな乖離が生じるコトは避けられまい。
さらにいうなら、かつての軍閥ほどではないにしても、
やはり中央官庁のエリートコースを歩む人間というのは
学業や試験の成績優秀者ばかりになっているだろうから、
「それ以外」の世界を知らない人ばかりではないか。

官僚機構は常に世間から乖離するベクトルを持っているものなのだ。

組織体制や社会体制が大きく変わらぬまま長期に渡り続いていると、
得てしてヒトビトは考えなくなってくるものであるらしい。
「組織の空気は人を思考から開放する」てなトコロ。
中にいる人の多様性をスポイルし汎用性を削ぎ、
環境変化への適応力を無能力化してしまう。
その方が低コストで済むもんだからね。
個々人の生活における思考コストも、
組織統治に必要な管理コストも。

消費者庁も、遠からず「縄張り」の一つに成り下がるのではないか。

組織というのは常に退化し続けるものだ。
萎縮した組織の間には多数の空洞が生じ、
惰性と楽観によって失敗への道筋を辿る。
誰かの悪意があったとは思わないけれど、
誰も彼も悪意がないのに結果が良くない、
となれば組織全体の欠陥の可能性が高く、
さもなくば未知の問題があったのであり、
やはり全体としての対応が不可欠だろう。

本当に足りないのは、組織ではなくて組織間の細やかな連携だろうに。

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2009.04.20

自称逸般塵の不通の日記(79) 外耳のハナシ

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ここしばらく仕事が少ない日々が続いたけれど、
凹んでいる暇はない、という気もしていた。
生活を維持できるよう節約すると同時に、
活力の充電や環境を整備するなどして暇を紛らしていた。

これは、今後の稼ぎのためにもなるが、
何よりも動くコトで気晴らしになっている。
そんなある日、しばらく前から懸案だった
外耳道の掃除をしてもらうため、耳鼻科に行った。

以前にも書いたかと思うが、昔の手術の痕のせいで
左の外耳道は完全に掃除しきれない形状になっている。
数年もすると外耳道の奥が詰まり、
片側だけ耳が遠い状態になってしまう。

最近、そんな状態が断続的に続いており、
ついに詰まった状態が長くなっていたのだ。
診察券を見ると、前回の掃除は7年前。
水流で押し出された耳垢は、小指の半分はあろうか。

毎回、この掃除をしてもらうたびに思うのだが、
キモチイイような、キモチワルイような、不思議な感覚だ。
栓が抜けた瞬間、外界と再び直結した左の鼓膜に
久々の強い音圧を感じるのが、特に。

右耳は変わりなく音を拾い続けているのに対し、
左では大きな音に感じられるので、大きくバランスが崩れる。
おかげで、周辺から聞こえてくる音に対する脳内での
位置の認識が、ずいぶん左にズレてしまう。

そして、日常のちょっとした音でも、
大音響にしか聞こえなくなる。
特に高い音は、栓をされていたときには
通じにくかったせいだろうけど、ことさら“耳立つ”。

もともと足音は静かな歩き方をしているのだが、
その靴音さえも、ザリザリと物凄いノイズに聞こえる。
また、アパートに帰ってくれば、隣近所の生活音が
これほど遠くまで聞こえるものだと改めて実感。

シャツを着たり脱いだりする際に布地と髪が擦れる
ような音さえ、ガサガサと甲高く聞こえてしまう。
かなり静かにキーボードを叩いていても、わずかに動く
キートップのカチャカチャする音が気になって気になって。

洗い物をしたり風呂に入ったりすれば
その水音が妙に甲高くパシャパシャするし、
歯磨きをしたときなどは体内を伝わる感触と
外耳から回り込む音との違いが異様に際立つ。

そういえば聴覚は昔から良い方だったと改めて思い出す。
そのせいで静かに動くような習慣がついたのだった。
自らの動作に伴う音が気になって仕方なく、
自然に身に付けた動作スタイルなのだろう。

たとえばドアを素早く閉める場合などでも、
普段は最後の最後だけ丁寧に閉めるようにしている。
あまり音をたてずに食事をする習慣も、
あるいは足音を抑えて歩く習性も、同様。

とはいえ感覚は慣れるもので、いったん寝て起きれば、
高音がガサガサいうのも大して気にもならなくなる。
左右のバランスも2~3日のうちに補正されてきた。
これから当面、また「耳の良い男」でいられよう。

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余談だが。
最近使っているイヤープラグ式のインナイヤホンでは、
左右のバランスの変化や高音部が強調された感覚が、
裸耳の状態ほどには感じられないのが興味深いトコロ。

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2009.04.19

自称逸般塵の不通の日記(78) 春は名のみの陽射しの暑さや

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どうも今週は変な感覚だった。
同じ曜日が2度、あったかのように感じていた。

週末から2~3日、自宅で読書ばかりしていたのが、
さすがに良くなかったようだ。当然といえば当然だが。

そんなワケで、週の半ばからは、
足繁く出掛けるようにしていた。

稼ぎにならないかもしれないと思いつつも、
仕事に関連しそうなイベントに足を運んだりしている。

読書にしろ外出にしろ、ほとんど仕事に直結するような
内容でないとしても、アタマを働かせてくれるのが好きだ。

頭脳を何の働きもさせずに置いておくと、
今後いざ仕事が来たときに使えなかったりするし、

仕事よりも何よりも、大して回転は速くないが
ずっと考え続けているのが、性に合う。

それにしても桜が終わってから、
かなり暑い日が続いたものだ。

朝夕のために上着を持っていたとはいえ、
昼間はワイシャツだけで出歩いていた。

夜は夜で、近所で春の猫が五月蠅いので、四月猫と書いて
「やかましい」とでも読もうかなどと思ってみた。

あとは、手で文字を書いていないというのも、
アタマが回らない理由かとは思う。

けれど、おかげさまでこれから少しばかり仕事が続くので、
それなりに解消されていくだろう。

考えるネタを提供してくれるような内容で、
かつ稼ぎに繋がるような仕事なら、大歓迎。

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2009.04.18

一人旅に遊びつつ末広がりの夢を見る

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世の中てのは儚いものだけど、そこから
人が消えると夢だけが残るんだよね。

ふとした拍子に昔いつか見た夢を
思い出すコトは誰でも経験していると思う。

個人的に思い出す夢としては、何故か
一人で見知らぬ土地を旅する夢が多い。

もともとそういう夢を見るコトが多いのだけども、
思い出す頻度となると、ことさらそれが多い気がする。

この夢は孤独感がないワケじゃないけれど、それより
むしろ一人で勝手に見慣れぬ景色を楽しんでいたりする。

結局、一人でブラブラするのが
好きだってコトなのかね。

気付けばエントリも600件を数えるに至り、
蓄積した過去のテキストは888KBに達する。

とはいえ800件666KBという数字じゃなくてよかったなどと、
適当に思っているので、まだしばらく続きそうな気もする。

いろいろと紆余曲折ありつつも、
いつか必ず訪れる終わりまで。

どんな終わりがあるのかは、ひとまず分からないが、
先が分からないからこそ、楽しめるというものさ。

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2009.04.17

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(23) 負けと思うな、思えば負けよ

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負け癖を負け癖と思うのが、良くないのだと思う。
むしろ、それこそ「負けと思う癖」であろうと。

もちろん言うまでもなく勝つと思っていてもいけない。
勝とう勝とうと思えば思うほど勝利が遠ざかったりする。

どっちにしろ、思いこみは間違いであるというコトなのだろう。
何にせよ、自然にあることが望ましい状態。

水は高いところから低いところへ流れる、それだけ。
あるいは生きてる者は100%確実に死ぬ、そんな感じだ。

ヒトは誰でも負けたいとは思わない、
というのもまた事実ではあるけれど、

そもそも「辛いときには敵も辛い」と考えれば
争いを始めた時点で双方とも得しない道を選んだようなもので、

むしろ争いなどという行為は
「痛み分け仲間」を作るのと同義なのだとさえ思えるのだな。

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2009.04.16

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(22) 禍いは忘れた頃を狙って人がつくる

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だいたいにして強硬な態度というのは
基本的に全体最適化から遠ざかる道であるし、
先の先まで考えてみれば自らの身にも得とならない。
それが世の常というもの。

たとえばミサイルの発射基地を叩けるような
報復攻撃能力を持つコトを検討している連中もいるが、
その報復攻撃が想定される相手にしてみれば、
基地を隠蔽したり可動式にするなどの対策があろう。

これがイタチごっこになるのは間違いないだろう。
抑止力というのは、相手の行動を抑止すると同時に、
後々の自らの行動範囲も抑止してしまうものなんだよね。
要するに東西冷戦時代の再現となるだけ。

おっと、単なる再現ではない、縮小かつ劣化コピーだ。
ある意味で戯画化。必死なだけに、余計に滑稽。

--
危ないという情報が氾濫しすぎた結果、
多くのヒトビトは何が本当に危ないモノゴトなのか
まるで分からなくなってしまったようである。

しかし日常の慣性力は常に強く働いている。
国民の喚声や政府の管制などは、
そうした慣性力の最たるものとはいえないか。

ヒトビトが過去の教訓を忘れたとき、
悲劇的な結末へ向かわせる道筋が完成する。
くれぐれも、そんな陥穽に陥らぬよう。

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2009.04.15

たまには時事ネタ(45) 勝って兜の緒を締めれ済むとは限らない

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考えてみれば半島北部の国家のアレってのは、
戦時中の状態を続けている国家なワケだから、
平和の中にいる他の諸国(および国連とか)に対しては
セコセコするのも当然というトコロだろう。

特に戦争ないし紛争中であるという認識の下では、
「負けた」という意識が許されないものだ。
現状の旗色が不利だとなれば当然ながら
起死回生の策を次々と打ち出していく。

そもそもヒト個体やヒト社会というのは、
だいたいにして争い事を終わらせるコトが苦手なのだ。
近現代の戦争や紛争などでみても多くの場合は参戦国に
異常なまでの負担を強いて、ようやく終わっている。

紛争終結の下手さは米露のような超大国も例外でない。
完全に屈服するまで相手側の国民を嬲り殺して勝つか、
国民の批判を受けつつも退くに退けず泥沼に陥るか、
多くの場合、その程度の戦争終結策しか使っていない。

誰だって勝てば驕りと欲が出てしまうもので、
「もっと勝って奪ってやれ」となってしまうが、
誰だって負けは認めたくないものだから、
「ここまで盛り返さねば終われない」となる。

ましてや戦時中の社会に於ては意気軒昂たる主張が
どの国でも主流を占めてしまいがちなものだから、
勝敗どちらの側であろうとエスカレートし続けていく。
それは国家政体の仕組みに依らず、ほぼ普遍の性質。

もちろん、ときたま例外もあって、たとえば日露戦争など、
計画的に終わらせるコトができた紛争の少数例だとは思う。
戦術的な勝利を重ねて戦地周辺での優位を確保した日本が、
「勝者」にしては譲歩に次ぐ譲歩によって講和を実現した。

このときの日本は国力が疲弊しきっていて
とても継戦できる状態になかったのも確実なようだが、
「止めようと思って」戦争終結という結果を出したのも
間違いなく、そのコト自体は高く評価すべきだろう。

とはいえ多くの日本国民の予想以上の大幅な譲歩をした
全権代表に対しては激しく非難の声が上がった。
これは国の上層部が退き際だと認識していたからこそ、
あえて国民の声に反した講和に踏み切れたものと思う。

改めて現在の東アジア情勢をみれば、どうだろうか。
どの国家でも、あまりに忠実に主権者の意を体現して、
泥沼から抜け出せなくなるどころか、むしろ足掻いた挙句、
余計に深みに嵌り込んでいるような気さえする。

さて、どうしたもんだろうね。

少なくとも誰も彼もが否応なしに当事者となっているのは
間違いないのだから、皆で一緒に考えてみようじゃないか。

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2009.04.14

たまには時事ネタ(44) 補正してほしいよ、散々なんだから

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報道されている概要を眺めただけだが
相変わらず今回の補正予算案も回転寿司か。
各省庁ごとに売れ残りをセールしていて、
それが束ねられて、15兆円だったっけ。

各省庁の中のさらに細分化された組織の中で、
それぞれの分野のみ注目したような視点で、
高度に個別最適化された雑多な内容の政策を
単に束ねただけでは、隙間だらけである。

どうみても全体最適化ができない道理だ。

「100年に一度」に相応しい対応かどうか。
霞ヶ関では、どんなふうに認識しているのか。
また、それを永田町では理解しているのか。
そして、マスメディアや有権者の認識は。

全体最適を実現するためには、その素地として、
各自が全体の中の立場を弁え、全体が向かう
行く末を考え、そして自ら考え行動していく、
といった社会思想が不可欠だと思う。

だが残念ながら日本は逆方向に走ってきた。

高度に組織化された、現代の日本社会。
ひたすら効率化を追求し世代を重ねてきた結果、
各自は重層的な社会・組織構造の中に身を置く
限りにおいて全体像を意識せず済むまでに至る。

おかげで日本海を隔てた隣国たちの考えさえ、
ロクに読み取り理解するコトができていない。
それどころか同じ列島に暮らす日本人の間でも
組織外の人たちのコトになると、からっきしだ。

他者への無関心、即ち愛情を持てないのだな。

その点こそが最も憂慮すべきトコロだろう。
関心を持ってもらうには(加えてあわよくば
憎悪や嫌悪より愛情を持ってもらいたいのだが)、
まあひとまず存在を認知してもらわねば。

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先日、同じく自営業のu君に誘われて出掛けたとき、
2人で、こんな話をしていた。

我々のような働き方をする人たちは、
霞ヶ関の連中からは存在を認識されていない。
今回の補正予算なども、そうとしか思えない。

今回の不況の対策からも漏れているが、そもそも
基本的にセーフティネットから漏れた存在である。
官僚の生き方からは到底、想像もつかぬのだろう。

霞ヶ関に認識してもらう方法は
いろいろあるが、まずは社会一般に
生き方を認知してもらう必要があろう。

我々の世代には間に合わないだろうが、
次の世代で同じような生き方をする
後輩たちに、役に立てばいい。

その日、昼食に入った回転寿司で、u君は
流れていない寿司ネタを注文したのだった。

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2009.04.13

自称逸般塵の不通の日記(77) 「楽しみは……」

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ちょっと田舎に出て散歩でもすれば楽しく過ごせる。
あるいは気に入った分野の本を読むのも悪くないし、
適切な話し相手がいれば茶飲み話もまた佳いものだ。

また人によっては家事そのものを楽しんでいたりして、
ほとんど掃除洗濯炊事だけでも日々を満足できる上に、
加えて季節の変化などあれば、さらに楽しくしている。

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こういった例をみていると、ヒトの楽しむ要素とは
一体どのようなモノゴトなのかと考えてしまう。

この要素というのは数知れず存在すると思われるが、
その多くは現代社会の中で埋没し忘却されているか、
または金銭を要したり(新たに作られたものに多い)、
といったのばかりになっているような気がしている。

昔からヒトはそれぞれに多様な楽しみ方を持っていて、
豊かでない中でも前向きに生きていける活力を得ていた。

なのだけれども、それが近年は使われなくなってきて、
それと入れ替わりに新しいのが作り出されてきたものの、
多くは各種資本が作り出すものだから、カネがないと
楽しめないような性質のものばかりとなっている。

すると中流層が崩壊して下層に落ち込んでいく中では、
そいうカネを要する楽しみ要素が使えなくなっていき、
それもまた貧乏に由来する苦しみとして感じられよう。
膨張続ける社会から排除されたような感覚でもあるか。

もちろん、もっと下をみればキリがないくらいに下まで
あるので何処までも落ち込んでしまいそうな不安もある。
それは間違いなく見逃せない危機的状況ではあるけれど、
とはいえ必要以上に恐れていては逆効果というものだ。

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相変わらず暖かい陽気の週末、ずっと読書で過ごした。
昔から読書は好きだし、散歩するのも飽きないものだ。
成人してからは対話や酒なども楽しんでいるワケだが、
要するに一生ひたすら、こんな感じで過ごせるはず。

そもそも器用貧乏な性質だから、高度に組織化が進んだ
今の社会のような環境では重宝されこそすれ、目立った
成果を出せないもんだから大きな稼ぎは非常に難しい。
なので余計に、一人で適当に生きていこうとするのだ。

「何をしたいのか」という視点で改めて考えてみると、
組織の枠外で適当にやっていきたいだけなのだと思う。
あとは生きていく上で最低限、プラス少々の楽しみを
得られる程度に稼いでいられれば、それで充分だろう。

こんなヤツでも普通に生きていくコトを許容するような、
そういう許容範囲の広い、懐の深い社会であってほしい。

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2009.04.12

自称逸般塵の不通の日記(76) 春の夜の夢の終わりに

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川沿いの桜並木の下を散歩していて、
ふと目に留まったシロツメクサ群落。
「ありそうだ」と思い腰を下ろせば、
果たして目の前に4小葉が一つ、ある。

ときたま買ってるスクラッチ宝籤。
2箇所で当たりの出る種類のもので、
1枚に「5000円」が2箇所も、出た。
換金した売場でも「珍しい」と。

誘われて前衛的な芸術(?)を見てきた。
ついでに少し足を伸ばして軽く飲む。
途中で他の誘いを受けて、また飲む。
さらに一人で朝まで飲んでいたりする。

行きつけのバーで「瓶を触って」
選ぶ方法を少し教えてもらった。
並んだ瓶を順に触っていくと
驚くほどの違いが分かって楽しい。

宝籤の当選金は1日で使い切ったし
土曜は目覚めたら夕方だったけど
だいぶ気晴らしができた気がする。
そんな感じで週の後半を過ごした。

花が散れば桜は葉を茂らせる。
来週こそは、仕事ができそうだ。

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2009.04.11

無学者の奇妙な愛情?

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こんな厄介な性格だけども、
それなりに幅広い分野には
触れているつもりではある。

おかげで知識の幅は広がり、
さらにその周囲へ拡大する
かのように興味も広がった。

その上で自問してみる。

「やりたいコト」は何なのか。
それは欲求なのか欲望なのか、
本能か情動か知性か好奇心か。

(どう呼ぶかは重要ではなく、
どう思っているかといった
内面的な要件こそ捉えたい)

たぶん、こんなトコロだろう。

「それは新しい発見を喜ぶ精神」
いつも何か目新しいのがあれば、
それでいいんじゃないかと思う。

(「新しい発見」とはいうものの、
古いモノゴトであっても構わない
本人にとって新しい知見であれば)

だから無関心ではいられない。

ダラダラと世の中で生きている
だけであっても、そこで出会う
モノゴトは数知れず、飽きない。

あるいは同じような繰り返しでも
少しずつの変化が楽しめるだろう。
時系列で傾向が分かればまた楽し。

そんなカンジでやっていこう。

愛情の反対が無関心となれば、
要するに世の中全体に対して
愛情を持って眺めていようと。

何かを専門に究めていったり
特定の学があるワケじゃなく
単なる無学の徒でしかないが。

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2009.04.10

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(21) 進むは一時の躊躇、止まるは一生の後悔

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何をして何を食うか、など単純なハナシであろうとも、
度を超して思い悩んでいればロクなコトにはならない。

現状はジリ貧というより極貧に陥りそうな状況であり、
金銭的に大きな不足が生じるコトは確実なのであるが、
それもさるコトながら前向きに仕事に取り組む気力が
なかなか出てこないあたりが特に問題だと感じている。

「積極的にやらなきゃ」という助言なら、身に染みて
実感しているのだから言われるだけで気分が良くない。

そんなコトバで追い詰めれば動くような人物も世の中
にはいるだろうけど、もしそんな性質だったとしたら
今でも会社員のままで、多少の収入減くらいはあった
かもしれぬが安定した生活を続けていられただろうな。

「水場に連れて行かれたら却って水を飲まぬような馬」
のような性質を今さら悔いたとて後の祭りでしかない。

以前にも書いたように受動的我儘な性格だもんだから、
逆に言うなら「何をしたいのか」を明確化するコトが
いささか困難であるから、そのせいもあって半ば俗世
から離れたような生活をするに至った次第なのである。

だから最近は、ほんの小さな「したいコト」だろうと
それが能動的であるなら大切にしていこうと思うのだ。

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2009.04.09

自称逸般塵の不通の日記(75) 或る仕事のない日の午後

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ていうか最近ほとんど仕事がないのではあるが。
前夜は朝までPC内のデータ整理をしていた。
昼頃に起き出したが気力が出ずに読書していたトコロ、
そこへ一本の電話があって、次の仕事の打診を受けた。
少し元気が出たところで昼食(朝食?)とする。

とはいえ差し当たって必要な作業は特になくって、
ひとまず読書の続きで英気を養おうとしていたら、
山ほど積んだままだった資料が雪崩を打って崩壊した。
やむなく暖かい春の陽気の中、汗をかきつつ片付ける。

そして日が暮れる前、ふと思い立って散歩に出た。
近所の公園では主に散り始めた桜の写真を撮ったが、
まだまだ満開のトコロもあって今週末も楽しめそうだ。

夜は夜で、ベランダでヤモリを見掛けた。
久し振りの出会いに、これまた少し嬉しくなる。

明日は、新たなコトに取り組んでみようかな。

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2009.04.08

踊る阿呆の狂想曲?

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セコい行動、自分勝手な行為で得をするケースが
今の世の中に多すぎるから良くないのだろう。

ロケットを打ち上げたら交渉が有利に運ぶだとか
そんな風に思われてしまっているから周囲が困る。

たいていそれは周囲の過剰反応を呼び起こすもので、
我慢の限界に達した連中から我儘を言い出すコトになる。

そんな正のフィードバックは負のスパイラルを形成し、
誰もが個別最適化するのみの混沌とした世になる。

そして誰もが不平不満や僻み妬みを訴え続けるばかりで
一人ひとり孤立したまま鬱積した恨み辛みに自滅する。

こんな世の中は、さすがに誰も望んではいないだろうけど、
「相手がそれを望んだから」などと言葉を売り買いしつつ、
責任転嫁を始めた時点で、もう抜け出すのは非常に困難。
だから入り口に気付いて早めに回避するのが一番だ。

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目指すは別の方向。

セコセコした人間が得をしないケースがそれなりの頻度で
存在するのであれば余計な競争も減るのではないか。

たとえば今の世に絶えて久しい「因果応報」だとか
「お天道様が見ている」的な意識が、もしあるならば。

お天道様の代わりに監視カメラや偵察衛星では、
残念ながら役に立たないんじゃないかと思っている。

実際のトコロ人為的な監視なんて穴だらけなのは事実だ。
けど天網恢々疎にして漏らさず、と言いたいワケじゃない。

ただ、ヒトが誰も見ていないような状況下であっても、
心理的ブレーキというのは割と役に立つというだけ。

だからといって今の時代に新たな宗教を作ってみたり
学校で道徳だのを教えるコトが正解だとは思わない。

そんな固定されたような観念を暗記させたトコロで
流動的な社会の中で死文化してしまうに違いあるまい。

そのためにはヒトの思考能力を相応に活用すべきだろう。
個体としてでなく社会の一部分として思考するように。

なにしろヒト社会というのは、その中に人間らしく扱われる
ヒトが一人も存在しないとしても成立し得るものであるが、
逆に、社会が存在しなかったとすればヒトが人間らしく
扱われるようなコトは、まずあり得ないものなのだから。

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2009.04.07

今日、そうしたつもりはない

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なにせ競争というのは集団の中の一部だけが参加している
つもりだったとしても全員に押しつけられる性質がある。
他を押し退けて先へ進もうとする存在がいる限り必ず
そいつに押し退けられて後に残される存在もいるのだ。

競争にもメリットがあるコトは承知しているつもりだが
競争したくなくて自動的に押し退けられたような存在は
競争をしたがる連中が他を押し退けて先へ進もうとした
その結果として後に残されるコトになったものである。

かれらは犠牲ないし献身者と考えて差し支えあるまい。
当人たちの意思がどうであったかはともかく結果として。
ヒトが自然界の中で弱い存在だった時代であればそれは
半ば自然的で半ば人為的な淘汰作用をもたらしただろう。

けれども現代のようにヒト全体の生活環境をヒト自身が
破壊するコトも難しくないような時代においては過剰な
競争を放置しておくだけでヒトの存亡にも悪影響を与え
かねないのだから多様な存在を残していった方が望ましい。

とはいえ競争と保護とを上手に両立するのは非常に難しい。
どちらか一方に振れてさらに正のフィードバックが効き
傾斜は回復するどころか大きく傾いていくばかりなのだ。
そして最後には限界まで達して急激に破綻へ向かっていく。

そんな残念な道筋が容易に描けてしまうとはいえ、
そもそもヒトが現在のような繁栄を得るコトができたのは
過剰な競争心闘争心によるものだという可能性も否定できず
だとしたらそれこそヒトの原罪ってトコロなのかもしれん。

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2009.04.06

拙速と巧遅を足して2で割ると雪隠に拘束される?

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考えてみれば最近のマスメディアなんかは
「記者懇」あたりをソースにしてるコトが多いよな気が。
でもってそれ自体が重要なネタとされているような印象。
それってつまり実質的には大本営発表なんかと大差なくて
情報を出す側が操作しようと思えば簡単じゃないのか?

考えてみれば最近の読者視聴者ってのは
速報性のあるニュースばかり期待していたりするよな気が。
「その後」をじっくり調べるようなケースが少ない印象。
そりゃニュースというからには新奇性は大いに重要だけど
たまには昔新しかったモノゴトのその後も気にならないか?

だいたいにして速報しようと思えば思うほど
校閲や事実確認の時間を削らざるを得ないもんだからして
誤報や先走りによるトラブルは増えるばかり。

大手マスメディアどうしの競争は厳しいけど
だからといって全メディアが情報の信頼性を犠牲にしては
何もかも信じられなくなってしまうではないか。

もちろんメディアに限ったハナシではなくて、
競争が激しすぎるあまり中長期的に大きな問題を生じてしまう
ものだというのはヒト全体に通じるワケだが。

そういうトコロも含めて色々と考えてみると、
やはりヒトというのは時間をおいて同じような失敗を繰り返す
懲りないイキモノとみて間違いないらしいな。

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2009.04.05

不揃いの、染井村の吉野さんたち

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それにしても今年の桜は不斉一だ。
満開宣言が出された東京でも、まだまだ
三分咲きくらいの桜が目立っていたりする。

ヒトの社会でも、なんとなく今年は
妙に足並みが揃わない印象がある。
世界とか日本とか、あるいは個人の中でも。

危難に際して多様化するコトで
一部でも生残性を高めようとする対応は
生物学的な対応として、ある意味で理解できる。

開花が始まってからの花冷えで
そのまま開花していった花芽もあるが
状況に応じて開花を遅らせたものもあるワケだ。

あるいは別の問題として、単純に
損害が不平等に与えられる事実も挙げられよう。
だから感覚的に温度差が生じるのも無理からぬコト。

日射や風当たりの条件などは
一つひとつの木によって異なるものだし
同じ個体の中でも枝によって違ってしまうものだ。

おそらくは両方の、さらには他の
要因までも含まれていて単純化できず、
総合的に把握するのが望ましいのではあろう。

そんなワケで今年の桜なんかは、
ちょっと桜っぽくないトコロもあるけど、
バラツキがあるのをむしろ楽しむつもりである。

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2009.04.04

過去が駄目なら未来を縛ってやればいいじゃない

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ヒトってのは常に過去に縛られるイキモノだ。
特に直近の自分自身のコトバとか、要するに面子とかいう、
邪魔な存在があって、どうにも切り捨てられない。
そんなのを避けようとして不言実行を気取ってみたところでも、
余計な予断や思い込み、無知無明に由来する。
判断ミスを完全に避けるコトもできないワケで。
もうちょっと気楽にやっていけんかなと思いつつ、
やはり難しいのだろうなとも感じている。

さて、国際的な交渉や応酬の中では、
事前に単独で宣言してしまうコトで
自他共に縛ってしまうような作戦を採る国も
少なからず存在していて苦労するケースもあるようである。
それは国レベルの個別最適化には良いのだろうけれど、
しかしたいていは全体最適化からは遠ざかるばかりで、
しかも強硬姿勢を採った国自身もまた、巡り巡って
中長期的には得しない結果となっていくワケで。

それでもそんな道を選んでいるのは、
他に切れるカードがないせいじゃないか。
むしろ孤立無援に近い状態だからこそ却って単独で
粘り続けていられるんじゃないかとさえ思う。
となれば押しつけがましいくらいに厚かましく
親切にしてやって辟易させてやってみたらどうだろう。
ただ、個人が相手なら割と使える手だと思うのだけど、
国レベルで通用する手かどうかは分からないのが難点。

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2009.04.03

たまには時事ネタ(43) 算段ロケット?

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舞水端里の発射台で宇宙(?)を目指すヤツ、のようなのが、
永田町では景気対策のイメージとして語られているらしい。
てコトは「国威発揚型打ち上げ花火」ってのが実態であり、
打ち上げに失敗したら撃墜される運命かもしれないワケか。

まあ実際その程度しか実施できないのかもしれんけどな。

ともかく今の景気ってのは非常に根深い問題である。
現時点では急性期を過ぎたものの慢性化しかねない。
無責任の連鎖が世界中を巡って混乱に陥れた後には、
その連鎖の道筋に沿って無思考性の不信感が発生し、
不信がまた周囲の不信を呼ぶ悪循環に入り込んでる。

さすがに、これを放置しておくコトはできない。

そんな中、信じる者が周囲を救うのではないか。
信じるコトが可能な状態に、周囲を変えていく。
そして信じるコトが可能な状態になった周囲に、
もともと信じるようにした本人もまた救われる。
それこそ情けは人の為ならず本人の為でもあり、
結果として信じる者は救われる、というトコロ。

そういう方向の循環を、信じられるかどうかは人それぞれだが。

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2009.04.02

たまには時事ネタ(43) プライドチキンの花火

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遂に日本人は宇宙ステーション長期滞在を開始した。
有人宇宙機開発への取り組みも始めようとしている。

身長56㍍、体重551㌧、巨体が唸るぞ空飛ぶぞ、
その名はH-2Bロケット……も、年度内デビューの計画。

長い年月と膨大な予算を必要とする宇宙開発は、
ある意味で先進国ならではの取り組みといえる。

巨大技術というのは決して単一事象を指すのではなく
むしろ長年の蓄積や人的な層の厚みに依存しがちだ。

だからこそ経済的な繁栄が技術を支えるのであり
それは即ち国力の誇示に使えるのである。

そういう意味では北の国の発射台の上にあるヤツなど、
ロケットでもミサイルでもどっちであろうと、

列強と同じようなコトができる国家なんだよと。
アピールしたい年頃であるコトを示すものだろう。

そういえば“キム母さん”も言ってたっけな
「プライドを大切にしてあげてほしい」と。

駄々っ子に躾を身に付けさせようとするなら、
気長に構えて成長を促してやった方が良いかもしれん。

駄々を捏ねても結果は期待を裏切るものと知らしめる。
それどころか逆効果になるというコトを理解させる。

そのためには事前の警告がハッタリに終わらぬように、
あるいは確実に実施される内容の警告であるべかろう。

決して時間が解決してくれるワケじゃないけれど、
継続は力なりと言うが如くに、時間が必要だろうと。

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2009.04.01

たまには時事ネタ(42) 政治外活動規制法

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政治資金規正法ってのは、「規制」じゃなくて
「規正」なのだと、最近になってようやく気付いた。

政治活動というのは規制されるべきものではない
という主旨でもあろうかと思うのだけれども。

むしろ政治資金という金脈に「寄生」しているのが
政界の連中って考えられても致し方あるまい。

それとも地元に錦を掲げて「帰省」するというのか、
あるいは気勢を上げたり奇声を上げたり……?

まあ多くの有権者からすると、所詮は既製品の候補に
投票するばかりだから、そんなもんなのかもしれんね。

クリーンなイメージだけが売りのような候補者なども
少なからず見受けられるのは、良からぬ反動やもしれん。

とはいえ、有権者の人気を集めようとするばかりで
その視点や能力に疑問が持たれるような政治家も困る。

腐った幹を切り落とした後にそのまま接ぎ木しても、
マトモに枝が育つ期待は薄い、と思ってみた。

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