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2009.05.17

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(24) 光芒も焦点の誤り

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友人2人に、それぞれデジタル一眼レフを買わせて布教してから、1年少々。
一緒に出掛ける機会は多くないが、それなりに彼らも撮り歩いている様子。
職業写真家ではないし、どころか写真学校や撮影教室に通ったコトもなく、
ずっと独学で勉強してきただけだから、教えるといってもおこがましいが、
とはいえそれでも布教した手前、たまには一緒に撮って教えたりしている。

「モノゴトを写真に撮るというのは、
狩人が獲物を射程に収めるようなもの。
釣人が魚を針に食いつかせるようなもの」

ある夕方、そんなエラソウなコトを言って、電車に乗って出掛けた。
夕暮れの時刻を見計らって、西に開けた場所へ向かったのだった。
しかしダイヤと日没時刻の読み違いで、現着は西の山に日没した直後。

山の端に消えようとする太陽を狙っていたが、この日は拝めなかった。
遠くの山並や目の前に広がる茶畑をシルエットに茜色の空を撮る。
さらに振り向いて昇り始めていた月を見上げたりして、帰っていった。

リベンジというワケじゃないが、しばらく後に、雨が続いて夕方に晴れる
見通しとなった日には西へ見晴らせるような場所を探して一人で近所を歩き、
少し高台となっている公園を見付けて、そこで日没を待ちかまえたりした。

この公園では夕陽が住宅街の中に落ちてゆくので、シルエットは今一つ。
だから少し早めの時刻、公園の木々の梢に太陽がひっかかるトコロを撮る。
そして夕焼けこそ叶わなかったものの橙色に照らされる雲が美しかった。

しかし見惚れるような夕焼け空というのは狙っても出会えるとは限らず、
むしろ予想していなかったような状況で不意に出くわしたりするもんだから、
被写体としてみれば、なかなかに困った相手だとつくづく思う次第。

撮るなんてヤボをせず、じっくり眺めて堪能しろというコトなのかもな。

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