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2009.05.18

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(25) ヒトは考えるのも足を使うのも、あんまり変わらないのかも

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散歩をするときには行きと帰りとで
同じ道を使わないのが基本だけれど、
一度通った道でも再び通ってみれば
前とは違ったモノゴトにも気付くものだから、
必ずしも別の道を通るコトには固執していないし、
あえて通い慣れた道筋で季節感を味わったりもする。

そもそも風景てのは逃げ足が速いものだ。
一期一会と心得るべきだと思うくらいに。
陽射しや空模様は刻一刻と変わり留まらない。
植物は葉を茂らせ花を咲かせて枯れて落ちる。
人の活動は景観を変え続けていく。
そして猫にでも出会えば風景は背景となる。

知識や知恵に関しても同様ではないか。
今まで知らなかった知見、全く新しい見解を
求めるのは、いうまでもなく大切だけれど、
すでに知っている知識を深めたり広げたり、
同じ考えの道筋を辿って別の結論を導いたり、
といった手法もまた大切なコト。

自動車は便利だけど基本的には道路に拘束される。
道路以外からの眺望を得るには降りねばならん。
先の連休で久し振りに実家の車でドライブして、
そのコトを改めて実感させられたものだった。
クルマ社会の現代には逆行するかもしれないが、
降りて歩くような知の渉猟だって悪くないもんだ。

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