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2009/05/04

たまには時事ネタ(49) 右を見て、左を見て、安全を確認してから入りましょう

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先日、どこかのサイトで偏向報道っていうキーワードが目についた。
そういえば自虐史観なんてコトバもあったっけな、と思い出した。
そのあたりの用語は同じ文脈の中に出てくるコトが多いような気がする。

これらの各論について、いずれ触れる機会もあるかもしれないが、
誤解を受けぬよう言を尽くせば長くなりすぎて却ってミスリードを
招きかねないと判断し、今回は特に踏みこまないコトにする。

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こうした議論の場の中では、
「右と左」が対立する構図にばかり
なっているケースが目立つ。
それが、どうにも違和感を覚える。

どちらか一方だけが正しい?
そんなコトは、たいていない。
どっちも正しいが完全じゃない、
というのが大概のトコロだ。

2つに割った板の上で、
それぞれが自分を本物だと主張し
相手を偽物だと言うような、
そんな感じに思えてしまう。

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右か左か、いずれの立場にしろ、一方に立った時点で、
反対側からの意見は心に響かなくなってしまうではないか。
結果として、議論に参加すれば対立は深まるばかりなのだ。

ナニをエラソウに、と仰る向きもあるかと思うが、
対立した意見をぶつけ合う場ってのは「勝つか負けるか」、
特に掲示板なんかだと、もう争いの場にしかならない。

しばしば議論は膠着し、各自が主張するだけになる。
そして、どちらも負けを認めず、勝手に勝ったと宣言して
逃げにかかる以外に抜け出す手立てはなくなってしまう。

しかし逃げたトコロで残った相手が勝利宣言をするだけ。
決着がつかないどころか後味悪く禍根も残る。
莫迦じゃないのか、と言いたくもなる。

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もちろん、非難はむしろ自らの身にも向けている。
実際、ヒトにとって、特にオトコにとっては、
その本能に根差したものであるらしく、逃れ難い。
逃れるにはどうしたらいいのか、ずっと考えている。

体面だの自尊心だの信念だのといったモノゴトは、
特に捨て去るコトが非常に難しい存在だ。
これは各人にとって非常に大切だとは思うけれども、
現実として、その存在が邪魔になるケースは多い。

中でも古くなって劣化したプライドなどは、
対外的な仮面に張り付いて、なかなか取れない。
もちろん、無理に剥がそうとすれば痛いし、
そうしようとするコトさえ恐怖を覚えるものだ。

でも、いったん捨てて、また作り上げるのは
案外カンタンにできてしまう場合もある。
そして時間をかけて自己の内面に対する評価を築き上げ、
好悪併せて好きになるコトだって、難しくはないはず。

もっとも、またそれが再び災いする危険性も、
少なからずあったりするものではあるが。

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右にも左にも向かず、
あるいは前にも後ろにも上にも下にも向かず、
ただ内だけを向いていたとしてもなおヒトは
完全に中立ではいられまい。

ヒトの中には外から写し込まれたモノゴトがあって、
そいつとは否応なしに向き合わねばならぬのだから。

だから先ず、自分自身を内側から眺めるようにするよ。

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