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2009/06/22

自称逸般塵の不通の日記(94) 呼ばわる声に応える思考

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中年男だって悩み事の一つや二つ、当然のようにある。
いやむしろ否応なしに悩まざるを得ないようなモノゴトが無数に
積み重なった結果として気付けば中年になっただけかもしれんが。

いくら悩んでもどうしようもないような悩み事を抱えて朝、
午後から出掛ける予定があるので一眠りしようとしていた頃、
横になって目を閉じれば窓の外でカラスどもが騒がしい。

先日のソレとは違った印象で、それぞれが適当な場所から
大声を上げて呼び合っているような感じの鳴き声が続く。
お互いに鳴き交わして縄張りを主張していたりするのかも。

内容は分からないが一羽が鳴けば別のカラスが鳴き返し
それにまた他のヤツらが鳴いて応えるといった具合で、
いつまでもガアガアギャアギャアと、五月蠅くて困る。

無関心でいられないとなれば、何らかの感情が生じがち。
眠ろうとしているトコロに騒音だから、「嫌」な方向だ。
欲しくもないトコロに飛び込んでくる広告のようなものか。

考えてみれば、関心を持てと迫っているワケだ、コレらは。

持とうとしていないトコロに、そう来られればどうしたって
嫌な気分にさせられてしまうのが人情というものである。
ましてやそれが相手の利のためとなれば、なおのコト。

むしろカラスは広告よりも、ヒトから何かを得ようとする
ような考えが希薄な分だけマシなのではないかとも思える。
そもヤツらの声はヒトに向けられたものでさえないのだし。

そう考えればカラスの声も、さほど気にならなくなった。
まあ悩み事ばかり考えていられなくなったのだから、
実際それも悪くないってトコロなのかもしれないが。

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