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2009/07/24

自称逸般塵の不通の日記(103) 「考えるんじゃない、働くんだ」

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先日、外人イトコの一人が友達連れで西日本方面を旅行していて、
成田から帰国するので空港まで見送りに来いと、誘われた。

少し出遅れてしまったので特急料金で時間を買う。
前の席には出張サラリーマンらしき背広の男。

週刊誌出版元が片手間に作ってるような
安物の国産ペーパーバックを読み耽る。

チラと見えた中身は、考える欲求をそそるようなモノではなかった。
(実は彼にとってみれば思考欲求をくすぐる対象かもしれんけど)

そういえばサラリーマンの仕事というのは、
考えるコトとは限らなかったんだっけね。

少なくとも高度経済成長時代の日本社会というものは、
余計なコトを考えず遮二無に働く労働者を求めてた。

世論(≠輿論)調査では“大連立”を望む声も多いという。
よほど大樹の陰に寄って思考コストを節約したいのか。

相反する意見があっても双方を包括して丸め込み、
どちらも倒れぬようにしよう、ってのが玉虫色。

でも大樹の陰から出て玉虫を彩らなくなった連中が、
時代が下るにつれ少しずつ、世の中に増えてきた。

いったん大樹から抜け出したら戻るのは容易じゃない。
だから幹には空洞ができ、朽ちかけているのが実態。

そんな老木をなおも使い続けていこうとするには、
周辺の小さな木が支えてやらにゃ、いかんだろ。

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