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2009/07/27

自称逸般塵の不通の日記(105) 変化のベクトルは変わらない

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高校時代の後輩の結婚式に行ってきた。
集まった中には十数年振りに会うヤツもいて、
いろいろと懐かしい。

たいてい皆、高校卒業後に変わっていったが、
卒業後に何度か会ってるような連中では、各人の
方向性がおおむね維持されているのが分かる。

こうして見ていると、ヒトの性格付けというのは
成人するまでの間に基礎が作られるものらしい、
という気がしてくる。

たとえば太るヤツは太るし痩せるヤツは痩せるし、
笑わせるヤツと笑わされるヤツの関係は変わらず、
長老は長老のまま、という具合。

ついでに、別の後輩から、昔のノートを受け取った。
高校時代から、日常の中で思ったコトなどを書き続け、
それを後輩たちに読んでもらっていたのだ。

返ってきたのは、大学の頃のノートだった。
今ここで書いてるブログと大差ないような、
ペシミスティックな内容。

基本的な考え方は大きく変わっていないようだが、
この頃は今よりもっと、荒んでいたような印象。
丸くなっていく方向性にあるのかもしれない。

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