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2009/07/28

網の外は静かなもので、読書や考え事には都合良い環境

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「某SNSで通知しておけば関係者全員に伝わるものと誤解しているのではないか」
てな疑問の声が、先日のイベントの参加者から聞かれた。事実そうかもしれない。

日本人なら誰でも知ってる(?)例の大手SNSだとか、世界中で流行ってるという
某呟き垂れ流しサービスなどは、そういう錯覚を与える傾向があるように思う。

あまりに多くの人が使っているものだから、
使っていない存在がいるとは思われにくい。

これらは、既にヒト社会において“マス”メディアの域に到達した。
そこに加わっていない人間は、もう通常の枠の外にいる存在である。

そういえば、小さい頃にはTV番組の話題が分からなかったっけな。
今でもバラエティ番組などは苦手で、ニュースばかり観ているよ。

声をかけてもらえれば嬉しいから都合が合う限り応じるけれど、
もし忘れられているなら、それはそれで構わないと思っている。

アクティブになるのは対人関係よりも散歩。
むしろ人付き合いに関してはパッシブな方。

おそらくは、網の中にいても楽しく感じるコトだろうけど、
網の外でも気にしない性格だから、そっちにいるのが多い。

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