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2009.08.25

自称逸般塵の不通の日記(108.5) 見えぬモノを存在させる苦労

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その日の地上展示の列にはステルス戦闘機まで並んでいた。
まさか本州で目にする機会があるとは思ってもみなかった。
カメラ仲間情報によればAWACSと給油機を伴っていたとか。
今回の運用に要した工夫を、ざっと推測してみるとしよう。

なにせ過密な日本の空。民間機がステルスに気付かず
ニアミスしてしまわないようAWACSからの管制を受け、
さらにひょっとすると一般的な航路から距離を置き、
少し遠回りして、主に太平洋上を来たのではないかな。

また、沖縄からは長距離飛行となるが、増槽を装備するには
まずパイロンを装着しなければならず工数と時間がかかる。
横田派遣前後の行動の都合などもあって、今回は空中給油で
航続距離を稼ぐようにした、という可能性も考えられそうだ。

まだ当分は、この機種は他の追随を許さぬ圧倒的な性能を、
存分に見せつけてくれるに違いないが、同時に、他にない
性質を持つだけに、既存の航空機とは違った運用スタイルを
工夫して作り上げていかねばならない、というワケだな。

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このステルス戦闘機は、防衛省が熱望していた機種でもある。
だが、日の丸を付けて飛ぶ可能性は、ほぼ失せたとみられる。

存在そのものが意味を持っている、というのが日本の自衛隊。
おそらく異論もあるかと思うが軍としての実態はそんなもん。

先進国の軍として、充分な装備と体制を整えた組織であるが、
「専守防衛」。その能力を発揮せぬコトこそが役立っている。

あまり強くしすぎても財政や外交などに不利があるだろうが、
見せ掛けだけで実戦に弱い、と侮られるようでもマイナスだ。

だからこそ、見せつけられるような装備を、欲するのだろう。
見えないモノを持って、見せつけてやりたい、そんな気持ち。

とはいえ手に入りそうにないモノを願い続けるのも間抜けだ。

耐用年数の尽きようとする旧機種を代替して、相応の機数も
揃えねばならず、待ってられない。しかし国の財政も厳しい。

こういう苦しい時期には、目先に囚われず、むしろ将来への
投資を優先するのが望ましいんじゃないかと、個人的に思う。

未来ってのは、誰の目にも見えぬモノではあるんだけれども、
知恵や努力で、それなりのカタチにできたりもするんだから。

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