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2009/08/13

相対的一般性理論 自由は死なず、ただ消え去るのみ

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自由が良いか悪いかっていう以前の問題で、
意識が内向きになりすぎていやしないか?
枠の外側を見ようとしない、意識しない、
外の世界があるなんて思いも寄らない。

そういう“自由”は、ヒトを不自由にする。
他人はもちろん、自らをも縛ってしまう。
だが政治にせよ経済にせよ、そこに関わる
多くのヒトの開き直りが、気に掛かる。

まるで休日の電車とかファストフード店で、
しばしば見られる、「ツレがいるので」、
「自己や身内を守って何が悪い」的な、
排他的になりがちなオトコの本能とか。

そんな利己を自由にさせたら、そりゃ、混迷するってもんだ。

「これだけ守っていれば万全」
なんて信じるのは宗教も同然。
そんな“宗教的”な政党ばかりでは、
自由というより自分勝手に過ぎよう。

ヒト集団それぞれバラバラの思惑が交錯し、
民主制という名のコインに全員が指を乗せ、
甲が駄目なら乙に流れ、乙が駄目なら甲に、
党派の振り子は民衆と共振して振れてゆく。

今夏の平成デモクラシーの末路というものは、
ひょっとしたら振れすぎて振り子の糸が切れ、
何時の間にか「問答無用」「天誅」の声が、
何処からとなく挙がってきて終わるのかも。

個別最適な自由は全体的不自由を作り出しかねない懸念がある。

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